可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ACIDE アシッド』

映画『ACIDE アシッド』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のフランス映画。
100分。
監督は、ジュスト・フィリッポ(Just Philippot)。
脚本は、ヤシネ・バッダイ(Yacine Badday)とジュスト・フィリッポ(Just Philippot)。
撮影は、ピエール・ドゥジョン(Pierre Dejon)。
美術は、グウェンダル・ベスコン(Gwendal Bescond)。
衣装は、サブリナ・リッカルディ(Sabrina Riccardi)。
編集は、ピエール・デシャン(Pierre Deschamps)。
音楽は、ロバン・クデール(Robin Coudert)。
原題は、"Acide"。

 

一人の痛み、我らの痛み! ベストを着用した労働組合員がシュプレヒコールを上げ、オフィスに入っていく。仲間に正義を! カリンに正義を! 人殺し! 役員のベルティエ(Pascal Parmentier)を連れ出し、囲む。会社を信用して欲しいというベルティエの言葉に、半年間も同じ戯言の繰り返しだと組合員は激昂する。オフィスを占拠し、建物の入口にバリケードを築く。機動隊が出動し入口に積み上げられた椅子を撤去し、組合員と押し合いになる。ミシャル(Guillaume Canet)が機動隊員の一人に馬乗りになり、暴行を加える。他の機動隊員が駆け付け、ミヒャルを制止する。
自動車や工場の排出したガスが雨を酸性化するとラジオから酸性雨のメカニズムの解説が流れる。ベルが鳴る。シモーヌ(Francine Champlon)がミシャルを出迎える。元気だった? 彼女は部屋に? まだ寝てるわ。ミシャルは寝室へ。脚を傷めたカリン(Suliane Brahim)がベッドに横になっている。判事に言うわよ、勝手に人の部屋に忍び込むって。外出禁止になるわ。言葉とは裏腹にカリンがミシャルを抱き寄せる。どれくらいいられるの? 時間ならある。
病院の病室。カリンが手術着を着てベッドに横になっている。心配しないで下さいね、ベサードさん。手順はご存じですよね。スタッフが迎えに来ますから。看護師が病室を離れる。付き添いのミシャルがカリンの傍に坐り、手にキスする。どうした? 娘さんや仕事を大切にして。だって私はこんな感じだから。アラスにもっといたいなら待てるわ。駄目だ。何言ってるんだ。出来れば戻りたいけど、職場には無理。ごめんなさい。この件はもう落着だろ。俺がこっちに来る。その方がいい。3ヶ月なんて大したことない。保護観察が終わったらブリュッセルで一緒になろう。あなたの勝ちね。カリンが体を起こし、ミシャルにキスする。そろそろ時間ですよ。医療スタッフがカリンのベッドを病室から運び出す。ミシャルとカリンは愛してると小声で伝え合う。スマートフォンに着信がある。午前8時00分から午後6時30分の外出時間の確認だった。
寄宿学校。厩舎で馬の世話をサボりティフェヌ(Lorette Nyssen)とオロール(Blandine Lagorce)がスマートフォンでミシャルが機動隊員に暴行する映像を見ていた。拡大して。気違いでしょ。この目つき。イッちゃってる。近くで作業するセルマ(Patience Munchenbach)は2人が見ているのが父親の映像だと気付いている。教師のアクセル(Mathieu Peralma)が2人を見咎める。何してる? 馬の動画です。スマートフォンは駄目だと言っただろう。アクセルが皆に出発だと告げる。
室内の馬場に騎乗前の諸注意で生徒たちが集まっている。ティフェヌとオロールはミシャルの動画を見てクスクスと笑っていた。セルマがティフェヌのスマートフォンをはたき落とす。パパ侮辱するなら殺す。スマホ壊したら叱られるよ。画面が傷になった。腹立つ。セルマは激昂し、落ちていた馬糞をティフェヌの口に押し込んで体を押し倒し、馬乗りになると、逃れようとするティフェヌの口になおも馬糞を押し込もうとする。アクセルが飛んできて、セルマをティフェヌから引き離す。
寄宿学校から呼び出しを受けたセルマの母エリーズ(Laetitia Dosch)が車を走らせる。肌には汗が浮ぶ。ラジオが午前5時時点で既に記録的な暑さを記録しパリは日中40度を超えるとの予想を伝え、地球温暖化による熱波、旱魃、洪水などの自然災害の頻発と長期化について報じている。学校の敷地内には先に到着していたエリーズの弟ブリス(Clément Bresson)の姿があった。
エリーズがブリスとともに校長室へ向かう。何でここにいるわけ? 学費を払ってるんだから当然だろ。セルマの身にもなってみろよ。校長は波風を立てたくないんだ。
校長室。エリーズとブリスがセルマとともに校長(Régis Maizonnet)と面談する。セルマは謝るつもりですよ。相手の娘はどちらに? 病院にいるよ。今晩電話しなさい。最悪な考えだ。校長は反対し、セルマは机の下で中指を立てる。円満な解決を望んでいます。セルマ、自分が何をしたか分かっているのか? セルマは黙ったまま。校長は廊下で待つようにセルマに告げる。セルマが出て行くと、校長はエリーズに切り出す。率直に申し上げますが、父親の裁判は報道が過熱しました。弟さんに頼み込まれてセルマを受け容れましたが、快く思ってない保護者もいらっしゃいます。これまで約束を守り、理解しようと努めてきました。感謝しています。娘がこの学校に通うことができて幸せです。
アパルトマンの高層階にある自宅のベランダでエリーズが煙草を吸っている。鉢植えの植物は枯れていた。セルマが起きてきて、台所でシリアルの朝食を用意し始めた。嫌なことをされたらすぐに電話しなさい。こんなこと二度としないで。分かった? セルマは黙っている。寄宿学校の方がいいって話し合ったでしょう。馬や自然が好きだから。違うって言ったら? 出てって欲しかったんでしょ。何言ってるの? 帰りたいんなら帰って来ればいいじゃない。ちょうど復活祭で休みが続くし、来年どうするか話し合う時間はあるわ。

 

温暖化が進行し熱波、旱魃、洪水などの自然災害が頻発・長期化する近未来。フランス北部、オー=ド=フランス地域圏の都市アラス。ミシャル(Guillaume Canet)は半年前に発生した同僚カリン(Suliane Brahim)の労働災害を巡り、他の労働組合員とともに抗議のため本社に押しかけた。役員のベルティエ(Pascal Parmentier)が従来通りの説明をくり返したことから労働組合員は職場を占拠して立て籠もる。機動隊による排除の際、ミシャルは機動隊員の一人に対して暴行を行い逮捕された。ミシャルの動画がネット上に出回り、裁判報道は過熱した。ミシャルは妻エリーズ(Laetitia Dosch)や娘セルマ(Patience Munchenbach)と別れる憂き目に遭う。裁判で有罪とされたが、収監ではなく保護観察処分となったミシャルは、電子監視による行動の制限はあるが、事件を機に親密になったカリンを見舞うこともできた。ミシャルは3ヶ月して保護観察期間が終了したら、カリンとブリュッセルで新生活を送ることを約束した。セルマは父の事件を機に寄宿学校に転校するが、ティフェヌ(Lorette Nyssen)やオロール(Blandine Lagorce)から父の件で嫌がらせを受けていた。セルマはティフェヌに暴行し、エリーズと学費を出してくれているエリーズの弟ブリス(Clément Bresson)が校長(Régis Maizonnet)に呼び出された。3月にも拘わらず異常な高温に襲われる中、既に南半球に被害をもたらしていた強酸性の雨が、フランスにも降り始めるとのニュースが報じられた。エリーズは慌てて寄宿学校にセルマを迎えに行こうとするが、事故で車を修理に出していたため、ミシャルに車を出してもらうことにした。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

強い酸性の雨に襲われる近未来のフランスを舞台にした災害映画。
ミシャルは、同僚のカリンの労働災害に対する会社の無策に抗議して行われた労働組合による会社の占拠に加わる。深刻な状況を認識しながら手段を講じない会社は、温暖化など環境問題に対して無為な社会のメタファーである。蛍光色のベストを着用した組合員たちは黄色いベスト運動を想起させるのみならず、暴力的な行動は、環境活動家による名画襲撃事件も連想しよう。労働運動と環境問題とを結び付け、両者がともに格差の問題として通底していることを訴える。それは、酸性雨被害がもたらされた後も、裕福なブリスに対応する力があるのに対し、ミシャルらが難民化して右往左往する姿が描かれていくことで明瞭になる。もっとも、ミシャル自身にはもともとそのような認識はない。環境問題を報じるニュースを巡るセルマの関心との対照で、ミシャルの認識の低さが露呈される。すなわち、環境問題は世代間格差の問題でもあることが示唆される。ミシャルとセルマとの暴行がともに相手に馬乗りになって行われるのも、鑑賞者にアナロジーに目を向けさせる仕掛けとなっている。
ミシャルが保護観察のためにGPSアンクレットを装着して電子監視を受けている。だが酸性雨の影響でGPSアンクレットは無効化してしまう。環境問題による難民問題とその行方を暗示するものだろう。
突然の雨の強酸化やその影響については疑問符が浮ぶ。またブリスやセルマの行動にも腑に落ちないものがあるが、むしろ突拍子もない不合理な行動に出てしまうのが現実なのかもしれない。