可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 𠮷田桃子・山本和真・西村昂祐三人展『透視荒野』

展覧会『𠮷田桃子・山本和真・西村昂祐「透視荒野」』を鑑賞しての備忘録
VACANT ROOMにて、2025年9月20日~10月19日。

𠮷田桃子・山本和真・西村昂祐の絵画を展観する企画。展覧会タイトルに掲げられた「透視荒野」とは、実存とその完全なる把握の不可能な表象との間にある裂溝[écart]を指す。

𠮷田桃子《Torch Interval #3》(727mm×1167mm)は早朝、海を臨む海岸の高台で棒状の何かを左手に構える人物を描いた作品。左側はなだらかな丘、右側は海岸、そして奥には雲から朝陽が射して海岸が輝いている。白っぽい衣装を身につけた、淡い青の瞳に白い肌の中性的な顔立ちの若い男性が、棒を握った左の拳を突き出す。顔の位置は横長の画面の左側で、その顎に接するかに見える位置に左拳が顔より大きく表される。右顔の前に撫で付けた頭髪から飛び出した髪が極細の線で描き込まれているのが目を惹く。棒には弦か提げるための紱かが着いている。肘の辺りには炎のような光が輝く。男性が握るのがトーチならその炎であろう。あるいは陽光が何かに反射しているのかもしれない。海岸に立つ男性の胸像であり、特段現実離れしたモティーフが描かれている訳ではない。にも拘わらずSF映画のワンシーンのような非現実的な印象を受けるのが不思議でならない。やや暈かす描法が白昼夢を演出し、イメージを現実から僅かに浮遊させるのだろう。𠮷田桃子《Torch Interval #2》(455mm×652mm)に描かれるのは、《Torch Interval #3》と同じ(ような)男性の胸像である。背後には水辺があり、右端に構造物の影が覗き、奥には裸木のようなものが数本立つ。シュルレアリスム絵画の舞台として登場しそうな無人の曠野の趣である。青い瞳で正面を見据える男性の白い髪が風に揺れる。左胸に球体のようなものが見える。《Pit Lo Ssense #4》(273mm×455mm)には自動車の運転席で、ダッシュボードを背景に赤い目をした白蛇がくねりながら身体を伸ばす姿が描かれる。白蛇伝の系譜に連なる物語がテーマであろうか。

山本和真《Exploded Still Life》(610mm×610mm)の画面左側中段附近には柑橘の果実が写実的に描かれる。連続する円や筆記体の"e"を連ねたような効果線により上から転がり落ちる運動が表現される。柑橘の実の下には球体や幾何学図形などが描き込まれている。画面右側には葡萄の房のようなイメージが浮かぶ。写実的ではなく鉱物結晶のような角張った形で抽象的に描かれる。「葡萄」には回転して落下するような効果線が添う。「葡萄」の下には、円、矩形、三角形、さらには輝く星を表すような放射線など幾何学的イメージが紫や茶で溢れる。画面中央には蜂がいて、その影が画面右下にも見える。異時同図法による移動を表すのかもしれない。写実的な静物画から抽象的な運動の絵画へ。柑橘の実には、ヨーゼフ・ボイス[Joseph Beuys]の"Capri Battery"の「電池」を超え、梶井基次郎檸檬」のレモンよろしく爆発のエネルギーが秘められている。山本和真《透視荒野》(330mm×410mm)はややくすんだピンクの画面の右側に三角形を中心に、矩形や円など幾何学形の集積したイメージが表される。色取り取りの形が複雑に絡み合う機構は、その機能が不明なために儀式的な装置に見える。三角形内部の青い円から弧を描いて小さな三角形と円とが飛び出す。また画面の下側には、三角形を取り巻くように複数の円が配される。円は惑星のような天体でありその連続は軌道の異時同図法のようだ。三角形から弧を描きながら飛び出した三角形と円とは、その
天体の軌道を模しているのかもしれない。大地=地球(the earth)は静止しているように見えて、実際は高速度で移動している。作家は静止の中に運動を見据えている。

西村昂祐《動かされるマルス》(510mm×410mm)は黄土色、あるいは緑がかった褐色の朦朧とした背景に、握り締めた拳を突き上げた腕のようなイメージを表した作品。「腕」の部分は、黒に緑、白などの絵具が盛られ混ざり合いながら引き延ばされる。絵具の量塊の捻れ、うねりが力強い。「腕」にも掛かる透明性の高い茶色の絵具が右側に拡がる。この透き通った茶色が「腕」の放つオーラであり、またじわじわと緩慢に動く腕の運動のエネルギーあるいは摩擦を伝える。平滑、罅、褶曲、あるいは固定と流動、固体と液体といった絵具の見せる表情が豊かである。西村昂祐《tide 36》(910mm×65.5mm)には、青い画面の中に、青、白、黄、緑などの絵具を厚く塗り付けた塊が表されている。半ば色が混ざりあった得体の知れない塊の上部には影か泡のような軌跡が延び、落下のイメージを形作っている。画面下部には塊の一部が崩れあるいは溶けて左下に向かって落ちていく。水の中で全てが音もなく崩壊していく光景のようだ。動的なメメント・モリ[mement mori]ないしヴァニタス[vanitas]である。