映画『ひらいて』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。121分。
監督・脚本・編集は、首藤凜。
原作は、綿矢りさの小説『ひらいて』。
撮影は、岩永洋。
地方都市にある高校の、早朝、まだ誰もいない教室。
「3月生まれは変わり者ばかりだと言っていましたね。ロックスターのように27歳で死ぬなんて思っている人たちばかりの中で、私は1人長生きしそうです。…」
芝生では選抜された3年生の女子生徒が、学園祭の演し物のダンスの練習をしている。途中で、新藤美雪(芋生悠)がふらつきながら群舞の輪から離れていく。前列中央で踊っていた木村愛(山田杏奈)が美雪の後を追う。美雪は校舎裏で倒れていた。愛が駆け寄ると、朦朧としている美雪は辛うじて「ジュース」と発した。愛は慌ててジュースを買ってくるが、コップを口に持っていっても美雪は口にすることができず溢してしまう。愛はジュースを口に含むと、美雪に口移しする。意識を取り戻した美雪は、保健室に一緒に行こうという愛を残して立ち去る。愛は美雪が落としていた個包装の飴を拾うと、開けて口に放り込む。
保健室で横になっていた美雪がベッドから起き上がりカーテンを開けると、養護教諭の守屋(木下あかり)から自分の代わりに肘を擦り剥いた西村たとえ(作間龍斗)の手当をして欲しいと頼まれる。微笑む美雪。
国語の授業。藤谷(河井青葉)に指名され、たとえが立ち上がり教科書を声に出して読む。学園祭で展示するオブジェに飾り付ける折鶴を作る「内職」をしていた愛は、作業を中断して、朗読するたとえの姿を斜め後ろの席から眺めた。
放課後。ゴミ集積所にゴミ箱を運んでいた愛は、階段の脇の隙間に立って1人手紙を読んでいるたとえの姿に気が付いた。愛はゴミ箱から手を離す。階段を転がったゴミ箱は廊下にゴミを散乱させた。たとえがすぐに箒とちりとりでゴミを片付けるのを手伝ってくれた。たとえっていい名前だね。どういう意味? …さあ。普通聴かない、名前の由来? …そうかな。"example"じゃない方の「譬え」じゃない? ゴミを回収し終えると、たとえは立ち去る。
竹内ミカ(鈴木美羽)に声をかけられ、愛は自転車を走らせて予備校に向かう。校舎で落ち合った多田健(田中偉登)にミカが手作りの弁当を渡すと、愛はミカと別れ、健とともに教室へ向かう。ミカは2人より易しい内容のコースを受講していた。授業が終わり、愛はミカとともにゲームセンターに立ち寄る。健たち3人の男子生徒と合流したところ、健の電話に校舎に侵入して試験問題を盗もうと悪友から連絡が入る。愛が行きたいと関心を示したため、健とミカと愛の3人が夜の校舎へ向かうことになった。フェンスを乗り越え、校舎の開いた窓から校舎に侵入する生徒たち。職員室を目指す同級生を尻目に、愛は1人自分の教室を目指す。
高校3年生の木村愛(山田杏奈)は、同じクラスの西村たとえ(作間龍斗)に恋心を抱いている。物静かなたとえには恋人がいないと思っていたが、ある日、新藤美雪(芋生悠)と密かに交際していることを知る。愛は美雪の様子を密かに探り、彼女との距離を縮めていく。
以下、全篇について触れる。
成績優秀、容姿端麗な木村愛(山田杏奈)は、学校行事にも熱心に参加し、大学入学も学校推薦型選抜での合格をほぼ確実にしている。学園祭のためのダンスの振り付けや、クラス展示のオブジェのための折鶴は、愛が理想型な形を実現していく人物であることを象徴している。
愛は、西村たとえ(作間龍斗)に想いを寄せている。だが、たとえが手紙を読んでいる姿を見たことをきっかけに、たとえが別のクラスの新藤美雪(芋生悠)と密かに交際していることを知る。愛は美雪の姿を追い、糖尿病で苦労していることを知ると、化学室で密かにインスリン注射している美雪に近づき同情を示す。
愛は、美雪からたとえとの関係について詮索するが、自分の情報は一切伝えようとしない。また、愛は、友人の竹内ミカ(鈴木美羽)が恋している多田健(田中偉登)が自分に恋心を抱いているのを知って、敢て恋愛対象ではない健との距離を詰める。空虚な愛は、自分に対する関心を持つ状況を周囲に生じさせることで自分の型(たとえが言うところの「全体的に噓」という虚構)を保ちつつ、その殻の内側に他者を侵入させようとはしない。愛は「とじて」いる存在である。だが、たとえや美雪に接するうちに、いつしか愛の型が溶かされていくことになる。なお、たとえや美雪は愛との関係で変化することは無く、「触媒」のようである。その結果、愛は、自分の気付いていなかった感情に目を「ひらく」ことになるだろう。
主要キャストの3人はいずれも良かったが、とりわけ芋生悠が印象に残る。彼女に感心のある向きは、是非、映画『ソワレ』(2020)を鑑賞されたい。