映画『VESPER ヴェスパー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス・リトアニア・ベルギー合作映画。
114分。
監督は、クリスティーナ・ブオジーテ(Kristina Buožytė)とブルーノ・サンペル(Bruno Samper)。
原案は、ブルーノ・サンペル(Bruno Samper)とクリスティーナ・ブオジーテ(Kristina Buožytė)。
脚本は、ブライアン・クラーク(Brian Clark)、ブルーノ・サンペル(Bruno Samper)、クリスティーナ・ブオジーテ(Kristina Buožytė)。
撮影は、フェリクサス・アブルカウスカス(Feliksas Abrukauskas)。
美術は、ライモンダス・ディシウス(Raimondas Dicius)とラムナス・ラスタウスカス(Ramunas Rastauskas)。
衣装は、フロランス・ショルテ(Florence Scholtes)とクリストフ・ピドレ(Christophe Pidre)。
編集は、スザンヌ・フェン(Suzanne Fenn)。
音楽は、ダン・レビ(Dan Levy)。
原題は、"Vesper"。
新たな暗黒時代。人類は喫緊の生態系の危機を防ごうと遺伝子技術に巨額を投じたが失敗に終る。遺伝子操作されたウイルスや生命体が流出し、食用植物や動物、多くの人々を死滅に追いやった。一握りの人が「城塞」と呼ばれる都市で繁栄を謳歌する一方、その他大勢は日々の暮らしにも事欠く始末。食料は「城塞」で取引される種子が頼りだったが、種子は1回しか収穫できないよう改変されていた。
霧がかかる泥濘をドローンに導かれてヴェスパー(Raffiella Chapman)が探索している。合成生物の実験に使えそうな素材を求めて泥の中を探る。植物の根を1つと、手に取り付いたイモムシ1匹をバッグにしまうと、指笛を鳴らし、ドローンとともに家路に着く。森を抜け、潺を渡り、地中から飛び出す管状の生物を避けて家に到着。ミルワームのような生きものを鍋に投入してスープを作ると袋に詰めて父ダリウス(Richard Brake )の寝台へ。寝たきりの父の喉には呼吸のための管が繋がれ、頭部には脳の働きを感知して発話するためのコードが取り付けられている。ヴェスパーは父の腹部の胃瘻の孔に管を接続し、管に袋を繋いでスープを注入する。熱い。何を急ぐ? 古い研究所に行く。
ヴェスパーは潺に沿って歩き、煉瓦造りの建物へ向かう。窓に立て掛けてある木の板を外すと、ダリウスが遠隔操作するドローンが先に中に入る。ここは嫌いだ。ヴェスパーも灯りを手に中に入る。建物内部は真っ暗で水が溜まり、壁には生物が腸壁のように張り付き蠢いている。1室に入ると、椅子に坐るミイラ化した遺体に瓶に入れたイモムシを示す。これ見付けたの。電池が切れそうだとダリウスが溢す。付いて来てなんて言ってないでしょ。家で充電してれば良かったの。実験なんかで時間を無駄にするな。ヴェスパーがイモムシに薬剤を与えていると、外で物音がした。ダリウスが先に偵察に出て、すぐにヴェスパーも後を追う。ただの放浪者だ。ダリウスが帰宅を促すが、ヴェスパーはマントを被った放浪者がガラクタを回収するのを見ている。ママだって思うんだけどな。放浪者は鉄の板を引っ張って歩いていく。
潺の脇を歩く。いつか放浪者がガラクタを集めている場所に行ってみたい。やめておけ。死ぬまで彷徨ってるだけだ。なぜ戻る場所が無いって分かるの? 常識だ。1人1人把握してるわけじゃないでしょ。ヴェスパー、母さんは帰って来ないんだ。
家の前に着くと、管状生物が死んでいた。誰かいるの? 物音がしないから立ち去ったと思うが。ドローンを先に、ヴェスパーがナイフを手に家に入る。部屋の中が荒らされ、大事な実験道具が壊されていた。ヴェスパー、タンクが! 電源となるタンクの管が外れ、液体が漏出していた。応急処置を施すと、ダリウスの寝室に向かう。生命維持装置が停止していた。冷蔵庫から電気を引っ張ろう。処分しちゃったんだ。細胞の培養に場所が必要だったから。ヨナスのところに行くわ。
ヴェスパーは塀で囲われた敷地に入っていく。ヨナスの屋敷の前では悲痛な泣き声がして周囲には人集りがある。一体のジャグ(Melanie Gaydos)が倒壊した設備に挟まれて動けなくなっていた。建物からヨナス(Eddie Marsan)が現れる。誰がやった? 僕です。お前の責任だ。憐れな奴を楽にしてやれ。ヨナスは少年にナイフを渡す。人間じゃないから感覚は無い。研究所で製造された物だ。少年はナイフを刺そうとしてジャグに跨がるが、撥ね除けられる。野次馬たちがどっと笑う。馬鹿にされた少年は怒りに任せてジャグにナイフを何度も突き立てる。ヨナスが少年からナイフを回収した。ヴェスパーがヨナスに駆け寄る。ジャグは高価なのにもったいない。何しに来た? 分かってるでしょ。引きこもりの弟と姪のことなんて分からんさ。誰かに発電機を壊されたの。そうなのか? 何て世の中だ。バクテリアが死滅して電源がないの。うちは慈善事業じゃない。そんなこと期待しちゃいないわ。
人類は環境問題への対応に失敗し、遺伝子操作された細菌や生命体の流出により、農作物や動物、そして多くの人々が死滅した暗黒時代を生きていた。一握りの人々が閉鎖的なコミュニティ「城塞」で痛覚や知性を持たないヒト型生物ジャグを奴隷として用いて繁栄を謳歌する一方、大多数は曠野で「城塞」から供給される食料に依存した貧しい生活を強いられていた。少女ヴェスパー(Raffiella Chapman)は、再生産不能の種子の謎を解明し、食糧増産を実現しようと独自に合成生物学研究を行っている。かつて「城塞」で傭兵をしていた、ヴェスパーの父ダリウス(Richard Brake )は、植物状態となり生命維持装置とともにベッドから動けなくなっていたが、意思疎通を可能にするドローンによりヴェスパーを見守っている。ヴェスパーの母は1年前に家を出て放浪者となり、行方知れずだった。ある日、ヴェスパーが帰宅すると発電装置が破壊されていたため、伯父ヨナス(Eddie Marsan)の下へ売血に向かう。ヨナスは血液を使って「城塞」とのビジネスを独占していた。血液を提供したヴェスパーは発電用バクテリアをヨナスに要求するが、血液が売れてからだと拒否される。ヨナスはヴェスパーにダリウスとともに移り住むよう誘うがヴェスパーは受け容れない。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
「城塞」が独占的に流通させている種は再生産できないように遺伝子改変がなされている。ヴェスパーは種を再生産可能にするため合成生物学の独自研究を行っている。穀物メジャーによる農業支配の諷刺である。
ヨナスは子供たちの血液を手に入れて「城塞」とのビジネスを行う。文字通り生き血を吸う男である。ヴェスパーの家に侵入し発電機や実験装置を破壊したのはヨナスであろう。種子研究を妨げ、生活の持続を困難にすることで、ヴェスパーを引き取るためである。ヨナスはヴェスパーに母親似だと指摘して唇に触れる。ヴェスパーの母親が失踪した原因はヨナスにある――ヨナスがレイプした――ことが暗示される。
「城塞」で奴隷として使用されるヒト型生物ジャグには知性と痛覚(感覚)が欠如している。ジャグを作り出してしまう人類とは、知性と痛覚を喪失した存在であろう。「城塞」に棲むことのできない人々もまた、ジャグを惨殺するのにためらいがない。ジャグに向ける支配の眼差しは、「城塞」の人々から自らに向けられる眼差しに等しい。
とりわけジャグに関しては『クラウド アトラス(Cloud Atlas)』(2012)の2144年の物語が連想される。
放浪者は曠野に廃物で塔を建てる。北米に植民地を建設した米国の父祖のイメージが引き寄せられる。