映画『ミッキー17』を鑑賞しての備忘録
2025年製作のアメリカ映画。
137分。
監督・脚本は、ポン・ジュノ(Bong Joon Ho[봉준호])。
原作は、エドワード・アシュトン(Edward Ashton)の小説"Mickey7"。
撮影は、ダリウス・コンジ(Darius Khondji)。
美術は、フィオナ・クロンビー(Fiona Crombie)。
衣装は、キャサリン・ジョージ(Catherine George)。
編集は、ヤン・ジンモ(Yang Jin-m[양진모])。
音楽は、チョン・ジェイル(Jung Jae-il[정재일])。
原題は、"Mickey 17"。
2054年。惑星ニフルヘイム。在来生物クリーパーの捕獲作業中、誤ってクレバスに落下したミッキー・バーンズ(Robert Pattinson)が意識を取り戻す。よく死ななかったな。こんなに落下したのに。通信機器はダメか。保温装置も壊れてしまった。アイスキャンディーになるのを待つくらいなら落下中に死んだ方がマシだった。そのとき飛行艇がクレバス上を通過した。ティモ! ここだ! ミッキーが声を張り上げる。飛行艇を着陸させたティモ(Steven Yeun)がクレバスの上から顔を覗かせる。ミッキー、死んでなかったのか? 待ってろ。垂らしたロープに捕まってティモが降りてくる。ティモが途中で止まり、ミッキーが落とした武器を拾う。火炎放射器は壊れてない。降りてきた甲斐があった。僕が持って行けるよ。俺が持って行っても怒らないよな。良くない状態だろ。ロープもここまでしかないしな。危険は冒さなくていいよ。すぐに再出力されるしな。ミッキー、死ぬのってどんな感じだ? もう慣れっこだろ。16だっけ? 17。次は18。会えて良かったよ。良い死を。明日な! ティモが立ち去るのと入れ替わりに、クリーパーの一群が姿を現わした。かなり大きいな。うまく行けば一口に呑み込んでもらえる。ゆっくりと凍え死ぬよりマシだ。巨大なクリーパーが崩れた氷から落下してミッキーの下に滑って来た。ミッキーに被さったクリーパーの巨大な口が開いた。
惑星ニフルヘイムへ向かう宇宙船。研究室では暇を持て余した研究員たちが集まりゲームをしている。廃棄された有機物を処理した素材で身体を立体出力する装置から、ミッキーの身体が徐々に現われる。ドロシー(Patsy Ferran)は出力されたミッキーの健康状態やデータ移行に目を光らせているが、マシュー(Michael Monroe)はゲームに気を取られ、足を引っ掛けてコードをうっかり引き抜き、慌ててプラグを差し直す。
死ぬ度、再出力されるんだ。あらゆるデータが保存されてて、新しい身体を手に入れる。記憶や性格を定期的に更新し脳に移植する。凄い技術だよね。とにかくメチャクチャ高度な技術なんだ。身体を立体出力とか記憶の移植とか、技術が時代を追越しちゃって、倫理や宗教の観点から地球では禁止されちゃったんだ。今じゃ宇宙空間で使い捨て人間だけに許可されてる。僕みたいにね。だから大気圏を離れた瞬間からこの惑星に着くまで、次々に任務を与えられたんだ。
宇宙船の修理のために船外作業するミッキー。どうなってるの? ケーブルはもう接続されてるけど。通信装置で技術者に問い掛ける。医療班、伝えることは? 何を言やいいんだ? …ミッキー、調子は? 眩暈や吐き気は感じてない? 眩暈がするかな。症状は悪化する。途方もないレベルの放射線量を被曝してるからね。それが君を船外活動に送った理由だ。リストに従って症状を詳しく報告して欲しい。皮膚が爛れるまでの時間、失明までの時間。それに死亡までの時間だね。小学生の頃、理科でカエルの実験したしね、間違いなく罰が当たったんだと思うね。ミッキー、手袋を外して。宇宙服の下で何が起きてるか確認したい。そのとき飛んできた破片によって右の手がスパッと切断されて吹っ飛んでいった。
出力されたミッキーが右手を確認する。研究室のリーダーであるアルカディ(Cameron Britton)がミッキーの下にやって来る。ドロシーが投与量が多すぎたと思うと報告する。何の問題がある? 10分以内には死亡するんだ。血液のサンプルを取ることに集中しろ。鼻、口、耳、体中から別々のサンプルを採取するんだ。記憶の更新も同時に進行させるんだぞ。体中に管を取り付けられ血液を抜かれ、朦朧とするミッキー。ドロシーが声をかける。今回のミッキーは特別よ。最短寿命なの。…聞いたよ、10分。いいお知らせがあるの、15分よ。遙かにいいでしょ?
生命保険に入っていれば今頃大金持ちだったろうね。でも使い捨て人間は保険をかけられないんだ。労災も、労組も、年金もない。じゃあ、何で使い捨て人間になったんだって? それはね、マカロンがハンバーガーより売れる時代が来ると言った友人がいたからなんだ。このクソ野郎を信頼したせいでマカロンを売るためにさる素敵な紳士(Lloyd Hutchinson)から莫大な融資を受けられたんだけどね…。
4年4ヶ月前。地球。ティモとミッキーが必死に逃れようと路地裏に駆け込むが行き止まりで、紳士が転がした誘導タイプの球形電気ショック発生装置が炸裂し、敢えなく捕まる。2人は拉致され、レストランに拉致された。まあ、落ち着きなさいよ。返済期限まで4週間残っているのは承知しているのだからね。ちょっとした社会科見学と洒落込もうじゃないか。期限内に返済できないとどうなるか学ぼう。マカロンショップが潰れたんだし暇を持て余しているのだからね。後ろ手に縛られテーブルの上に俯せにされた債務者(Samuel Blenkin)が喚く前で禿頭の男(Ian Hanmore)が落ち着き払って食事をとっている。ダリウス・ブランク氏はお金にあまり興味がないのだよ。呻るほどお持ちだからね。ここも彼の資産の1つにすぎない。滞納者が死ぬのを細部に至るまで堪能するのだ。食事を終えたブランクはカメラを構える。チェーンソーを手にした男が債務者の切断を開始し、血飛沫が上がる。縛られているティモとミッキーは目を瞑る以外に方法がない。債務者のあげていた叫び声がやがて聞こえなくなった。4日前モンゴルのウランバードルで見つけてね。期限を守れない者がいれば地の果てまでも追いかけるから安心しなさい。
そんな訳で僕らは地球から逃げ出すことにしたんだ。何をやってもうまくいかないし、頼りに出来る身内なんていないしね。で、植民地遠征に応募したんだけど、同じ様な考えの連中はごまんといてね。この腐った惑星自体が何かから逃げてるんじゃないかって思うくらいだよ。みんなお金の問題を抱えてるんだよ、きっと。とにかく宇宙船に乗り込まなきゃならなかったんだ。今季最後の出航だったからさ。
ミッキーは元議員ケネス・マーシャル(Mark Ruffalo)が企画する惑星ニフルヘイムへの植民計画の登録に向かった。
ミッキー・バーンズ(Robert Pattinson)はティモ(Steven Yeun)のマカロンショップのビジネスに誘われて失敗した。返済できなければ、さる素敵な紳士(Lloyd Hutchinson)に捕まり、資金源であるサイコパス、ダリウス・ブランク(Ian Hanmore)の前で人間解体ショーに出演させられる。地の果てまで追いかけると言われたミッキーとティモは、元議員ケネス・マーシャル(Mark Ruffalo)が企画する惑星ニフルヘイム植民計画に参加することで地球から逃げ出すことにした。ティモは操縦士として登録を済ませた。受付係(Bronwyn James)から使い捨て人間としての参加で本当に構わないのかと念を押されたが、説明を担当する女性(Holliday Grainger)に心を奪われ承諾してしまう。被験者が死亡した場合、有機物を合成した材料を用いて身体を立体出力し、被験者の記憶や性格のバックアップデータを転送することで、繰り返しの生体実験を行うという業務が課されていた。航行中、船外作業その他を通じ、放射線や毒物への人体の影響がミッキーを用いて研究された。4年を超える星間航行を支えてくれたのは、警備担当のナーシャ・バリッジ(Naomi Ackie)だった。植民計画の真の実力者イルファ・マーシャル(Toni Collette)は夫に無駄なカロリー消費を抑えるべく船内での性行為を禁じさせるが、2人は規則を無視して様々な体位の研究に明け暮れた。2054年、惑星ニフルヘイムに到着。ミッキーを用いてワクチンなどの開発が進み、植民者が惑星上で行動することも可能になった。カイ・キャッツ(Anamaria Vartolomei)率いる探検隊はクリーパーと名付けられることになる在来生物に遭遇するが、事故でジェニファー・チルトン(Ellen Robertson)を失う。ミッキー17(再出力16回目のミッキー)はクリーパーの捕獲を命じられ、クレヴァスに落ちてしまう。ティモが偶然発見するが、凍死は不可避と判断、どうせ再出力されるのだからと立ち去る。だがクリーパーに襲われたミッキー17は氷上に投げ出され、辛くも宇宙船に帰還する。ミッキー17が自室に戻ると…。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ミッキーは、経済的困窮から「使い捨て人間」として生体実験の被験者となる。また、ミッキーのように生活に行き詰まった人々は、新天地を求めて惑星ニフルヘイムに移住するが、先住の存在「クリーパー(creeper)」(気味が悪い(creepy)からとと名付ける)を抹殺しようとする。格差社会や「明白なる天命(Manifest Destiny)」などの問題をSFとコメディの二重のオブラートに包んで提示した作品。
クローン人間がテーマの1つである。クローン人間のアイデンティティはどうなるのか。テクノロジーが(生命)倫理を超えて発達していくとき、どう対処するのか。それとともに、クローンは「歴史は繰り返す」ことのメタファーでもある。(自分を王様だと思っている大統領をモデルとした)ケネス・マーシャルもまた再び現われる(可能性が示唆される)。フランス革命で恐怖政治を布いたロベスピエールを引き合いにニーチェの永劫回帰に言及する、ミラン・クンデラ(Milan Kundera)の『存在の耐えられない軽さ(l'Insoutenable légèreté de l'être)』の冒頭を思い出す。
ミッキーという名前には、ミッキーマウスを連想させる。ディズニーのキャラクターによるアメリカ文化の浸透、ありいはネズミ、さらには聖書の記述「産めよ、増えよ、地に満ちよ」(『創世記』)を介して増殖のイメージを呼び起こし、クローンの名に相応しい。なお、ミッキー17とミッキー18との間には未成年と成年という境目がある。
母の存在も柱の1つである。ミッキーは母を殺してしまったという自責の念に囚われている。幼い頃、母の運転する自動車の助手席に坐らせてもらったミッキーは、脇にあった赤いボタンを押す。その後、母は事故を起こし亡くなってしまったためだ。ミッキーは、理科の実験でカエルを殺した罰が当たって、使い捨て人間として殺されるのも当然の報いだと言う。しかし、実際は、母を殺した自らに罰を与えようとしているのだ。そもそも使い捨て人間に登録する際、説明担当者の女性の髪の香りに心を奪われたのも、その香りに母の存在を感知したためだろう。地球=母が破滅状態なのは母殺しの、ニフルヘイムへの移住は再生のメタファーである。ミッキーの恋人ナーシャは、ミッキーがどんな過酷な状況においてもともにいようとする。ナーシャは兵士・警察官・消防士を兼ねる優れた人物で、ミッキーは何故自分を愛してくれるのか分からないと吐露する。無根拠に注がれる愛情こそ母――母性は幻想であるかもしれないが、少なくともミッキーの主観として――である。クリーパーの首領(Anna Mouglalis)がケネス・マーシャルによって「ママ・クリーパー」と称されるのも象徴的だ。