展覧会『ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー「Small Works」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー小柳にて、2025年3月22日~6月14日。
木片や雑多な日用品・部品あるいは人形やミニチュアまたは絵画を組み合わせたオブジェに、ボタン式で聞ける音声を誂えた壁掛けの立体作品7点(うち1点は音声なし)と、小振りのスーツケースに拵えた人形劇セット《Suitcase Theatre》、3層構造の絵画2点で構成される、ジャネット・カーディフ(Janet Cardiff)&ジョージ・ビュレス・ミラー(George Bures Miller)の個展。
《Unprepared Piano》(270mm×300mm×280mm)はミニチュアの椅子や机、糸巻きなどと様々な形の木片とを組み合わせた壁掛けのオブジェ。雑多なもの集積の不安定さが、糸で斜めに吊るされた椅子により強調される。左下の赤いボタンを押すと、手前や横を向いた4つのホーンからピアノの奏でる不協和音が聞こえてくる。《Night in the Forest》(400mm×140mm×230mm)には、クリーム色のペンキを塗った板切れに木片や糸巻きなどが取り付けられている。蝋燭を模した灯りが吊り下げられた錆びた缶の中で輝き、ボタンを押すと落ち葉を踏みしめて歩く音がする。クリーム色の板に貼り付けられた女性の左眼のイメージが、何者かがやって来る姿を窃視する姿を連想させる。《Laugh Track》(230mm×220mm×250mm)はピンクの花柄のサロペットを着た少女の人形と石ころとを組み合わせたオブジェで、ボタンを押すと針金で逆さ吊りになった人形が揺れるとともに笑い声が聞こえてくる。罠に掛かった動物のような少女が笑顔を浮かべているのが不穏である。《Street at Night in Orange》(305mm×235mm×60mm)は、壁に掛けた箱の中に、建物の建ち並ぶ通りの向こう側から車がライトを点けてやって来る様子を赤とオレンジの絵具で描いた絵画と、スピーカーとボタンとで整然と構成されている。車や街灯の照明の拡がりの表現に加え、イメージを溶かすかのように上端から垂れる幾筋かの絵具が雨を表現する。ボタンを押すとパトカーのサイレンが鳴り響く。《Shoe in the Wall》(430mm×230mm×150mm)は、古いペーパーバックの広告頁を額装したものと、レースの抜き取られた草臥れた革靴とを組み合わせた作品。音声はない代わりにエラリー・クイーン (Ellery Queen)の小説『オランダ靴の謎(The Dutch Shoe Mystery)』のあらすじが読める。
ファウンドオブジェを象徴する作品が《Flotsam》(800mm×250mm×240mm)である。杭の立つ川の景観を描いた板にトラス構造の模型(?)、吸殻入れ(?)などを取り付けた作品。ボタンを押すとホーンから水の流れる音がするとともにオブジェ全体が水に揺蕩うように揺れる。タイトルは漂流物を表す。ファウンドオブジェは作家の元に流れ着いた品々で構成されるのであるから、本作は象徴的な作品と言って良い。ファウンドオブジェはまた文学のメタファーとも言えるだろう。物語もまた作家の見聞から取捨選択されたエピソードで組み立てられるからである。作家のファウンドオブジェ=文学には余白が広い。物語の解釈は多分に読者の想像に委ねられている。
浸水した家屋を描く《LA Flooding February 5, 2024》(110mm×160mm×25mm)はクロード・モネ(Claude Monet)の《アルジャントゥイユの洪水(L'Inondation à Argenteuil)》を、釣り上げられる自動車を描く《48th Ave., Vernon, BC. March 15, 2022》(110mm×160mm×25mm)はアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の「死と惨事(Death and Disaster)」シリーズを、それぞれ連想させる、厄災の絵画である。自然災害であろうと人災であろうと、いつどんな災いが訪れるかは分からない。ガラス板に描いて重ね合せたのは奥行きにより立体感を創出する狙いであろう。しかし、それだけではなく、出来事を一面的に捉えるべきではないを訴えるのではなかろうか。禍福は糾える縄の如し、と言う。
《Suitcase Theatre》は、小型のスーツケースの中に拵えた人形劇の舞台とパペットとで構成される、人形遊びのセットである。異形のパペットを用いて演じられた人形劇の模様がモニターで鑑賞できるようになっており、店員と客とのたわいもないやり取りが収められている。ファウンドオブジェによるアッサンブラージュや3層の絵画が表すのは不穏な世界である。だが、作家は、鑑賞者に希望のある物語を創造させたいのではないか。《Flotsam》では、波音の向こうから、空高く飛ぶ飛行機の音が聞こえてくる。距離を取り俯瞰することで、ある状況について全く異なる見方が可能と示唆するようだ。作家は、人間の揺らぎの可能性に賭けている。偶然も語り次第で必然になる。