映画『THE END』を鑑賞しての備忘録
2024年、デンマーク・ドイツ・アイルランド・イタリア・イギリス・スウェーデン・アメリカ合作。
148分。
監督は、ジョシュア・オッペンハイマー[Joshua Oppenheimer]。
脚本は、ジョシュア・オッペンハイマー[Joshua Oppenheimer]とラスムス・ハイスタバーグ[Rasmus Heisterberg]。
撮影は、ミハイル・クリチマン[Mikhail Krichman]。
美術は、イェッテ・レーマン[Jette Lehmann]。
衣装は、フラウケ・ファール[Frauke Firl]。
編集は、ニルス・ペー・アンデルセン[Niels Pagh Andersen]。
音楽は、ジョシュア・シュミット[Joshua Schmidt]とマリウス・デ・ブリーズ[Marius de Vries]。
原題は、"The End"。
家並は全て海に沈んだ。踊り手たちは皆盛りを過ぎた。(T. S. エリオット『四つの四重奏』)
寝室。寝台で眠っていた母親(Tilda Swinton)が魘され起き上がる。隣に寝ていた父親(Michael Shannon)も目を覚ます。可哀想に。悪い夢でも見たか? 言ってごらん。大丈夫、喉が乾いただけ
使われなくなった運搬具や機械類が打ち棄てられたままの鉱山の坑道。天井灯が所々で光る。定期的にチューブが大きな音を立てて膨れ上がる。
暗い部屋で息子(George MacKay)がジオラマの制作に夢中になっていると父親が現われ灯りを付ける。明るい方が作業しやすいだろう? 仕上げているところなんだ、邪魔しないでよ。隣の食堂では友人(Bronagh Gallagher)と執事(Tim McInnerny)が朝食の準備をしている。医師(Lennie James)が用意はいいですかと声をかける。ああ、空気の供給について話し合おうと早めに会ったんだ。模型を見て医師が素晴らしいと息子に声をかける。そこへ母親が息子とプールに行こうと姿を現わした。父さんと朝食を取りたいかな? 母さんと泳ぐんだよね? まずは母さんに花を見せたら? 息子が紙で拵えた花の鉢植えを母親に見せる。
泳ぎ終えた息子がプールから上がる。28分10秒。記録を3秒更新したんじゃない? 素晴らしいわ。母親が息子を讃える。
居間。モネの絵画《散歩、日傘をさす女性》を息子と友達が壁の前で抱えて母親に見せる。ちょっと…。色数が多過ぎるんでしょ? 安っぽいというか、俗っぽいというか。で、気に入ったの? ええ。あなたも好きでしょ? まあ傑作だもの。俗っぽいけどね。今年の春は最高ね。母親が息子にキスする。この壁の色は暗くないかしら? 同じ塗料ですよ。執事が答える。絵のせいだよ。描かれてる雲が明るいから。あなたは上手く切り盛りしてくれてるわ。バレエ教室の粗末な住まいを覚えてる? トイレさえまともになかったのよ。まじまじと眺めなければいいのね。そうよ。いいえ、私が身に付けたのは、細部を真剣に捉えることよ。些細なことだよ。些細な欠点こそ良くないの却って気になってしまうもの。
警報が鳴り響く。照明を落とし、医師の指導の下、息子が火災を想定した訓練を行う。皆、防火服を着用する。90秒で時間切れだ。医師がカウントダウンを行う。消火器、火を消さなきゃ! 母親が息子に命じる。医師が母親が倒れたと宣告する。父親が母親を助けろと叫ぶ。息子は動顚して何も出来ない。父親は死んだ。母親は死んだ。失敗だ。みんな死んでしまった。医師が息子に宣告する。息子は訓練を離れて坑道に出て、扉を閉める。
息子が多数のプランターや水槽の設置された部屋で魚の泳ぐ姿を眺める。
ダンビーの絵画《氾濫》が壁に掛かる父親の書斎で息子が自作の父親の回顧録を朗読する。…エネルギー業界での始まりにワクワクして飛び起きました。インドネシアでは私たちの事業が重要でした。何百万もの人々を貧困と病気と救いました…。素晴らしい。…反乱軍が製油所を占領したとき、目には目をと空軍に救援を要請しました。タタタタ、機銃掃射でテロリストたちは一掃されて…。違う。私は人権蹂躙など認めない。知ってるよ、資料で見たんだ。傍に控える執事が息子に資料を渡したと告げる。父親が新聞・雑誌の切り抜きを眺める。嘘だ。息子は違いを区別できないんだと父親が嘆く。…山場を書き直すよ。
父親と母親の寝室。父親が母親にストレッチしてもらう。今日は堪えた。息子は分かってると思う。素晴らしいわ。大人になったよ。
息子は自分の部屋を抜け出して友達の部屋へ向かう。友達が訪ねる。眠れないの? 僕は何もできないんだ。息子が嘆く。息子は友達が亡き息子トムと映る写真を手に取る。
大惨事により屋外での生活が不可能になって20年。石油で財をなした一家は打ち棄てられた鉱山に設けた避難所で豊かに暮らしている。母親(Tilda Swinton)は友人(Bronagh Gallagher)の助けを得ながら名画などで季節毎の装飾に腕を振るい、父親(Michael Shannon)は執事(Tim McInnerny)とともに生活環境維持に心血を注いでいる。魚の世話をしたり模型を作ったりするばかりの20歳の息子(George MacKay)には自伝の執筆を手伝わせたり、医師(Lennie James)の指導で災害・襲撃時対応の訓練をさせ、後事を託そうと努める。ある日一家は、坑道に息のある少女(Moses Ingram)が倒れているのを発見した。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
大災害を生き延びたシェルターを舞台にしたミュージカル映画。
外界から隔絶したシェルターは比較対照するものがない。ところが、モネの絵画《散歩、日傘をさす女性》を壁に掛けた際、母親が壁の色の暗さが気になる。明るいものが持ち込まれたせいで暗く見えるんだと息子に指摘される。それがシェルターに少女が迷い込むことの予兆となる。少女の存在・発言により、それまで糊塗で積み重ねてきたシェルターでの生活が、砂上の楼閣のように崩れ始める。
ミュージカルでは明るい希望のメッセージが歌われる。だが、笑顔の練習により作られた表情同様、表面的である。
オープニング・クレジットに映し出される崇高な自然を表わしたアルバート・ビアスタット[Albert Bierstadt]の《シエラネバダ山脈の間に、カリフォルニア[Among the Sierra Nevada Mountains, California]》―陽光が印象的―を始め、クロード・モネ[Claude Monet]、フランシス・ダンビー[Francis Danby]の他、母親が見られている気がするというジョン・シンガー・サージェント[John Singer Sargent]の《ポリー・ベルナール[Polly Barnard]》―闖入する少女のメタファー―など、絵画が重要な役回りを演じる。
大惨事を経た外部を一切描かずに想像させるのは功を奏している。
トンネルを走るチューブの不穏さも効いている。
陰画的な"Life goes on."というメッセージを放つ作品である。砂上の楼閣は動的平衡(?)を保ち続ける。