可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『501号室の男 ある作家の記録』

映画『501号室の男 ある作家の記録』を鑑賞しての備忘録
2022年、韓国製作。
106分。
監督は、キム・ ジョンウク[김정욱]。
原作は、イ・チョンスン[이청순]。
脚本は、パク・ヒョングン[박형근]、 キム・ブヨン[김보현]、キム・ ジョンウク[김정욱]。
撮影は、チョ・ ヨンチャン[조영찬]。
照明は、タク・テヒ[탁태희]。
同時録音は、チェ・ジョアン[최정한]。
美術は、ソ・ソニョン[소성현]。
衣装は、ファン・ヘリム[황혜림]。
編集は、ゴ・ボンゴン[고봉곤]。
音楽は、ファン・ボラ[황보라]。
原題は。"사잇소리"。

 

脚本家志望のソン・ウンス(류화영)が実家の居間を改装した仕事部屋でラップトップに向かう。シナリオコンテストの結果を閲覧しようとすると、階上から物音がする。ウンスは溜息を吐き、耳栓をする。それでも騒音は気になる。天井を棒で突く。赤ん坊の泣声が聞える。冷蔵庫に行き、ボトルの水を一気に飲み干す。301号室から内線が入る。静かにしてもらえます? 本当にうるさいんですけど。すみません。騒音のせいで赤ん坊が起きて泣き出すのよ。5階の住人の仕業だと伝えようとして言えず仕舞いに。頭を抱えるウンス。スマートフォンに着信がある。支払いの督促だった。鍵付戸棚の中には督促状でいっぱいだった。ウンスはシナリオコンテストに入賞して副賞で未納の電話料金を払えるよう諸神・諸仏に祈る。騒音は止まない。ウンスはラップトップを手に家を出る。
507号棟のエントランスホール。401号室の郵便受けにはウンス宛の督促状が届いていた。ふと501号室の郵便受けに目を遣ると、ダイレクトメールが飛び出している。手にすると、宛名はチョン・ホギョンとある。駐車場で猫に餌をやっていたとき、ぶつかられていたたことを思い出す。ウンスは封筒をクシャクシャにして郵便受けに戻す。
喫茶店の通りに面した窓際の席で、ウンスはシナリオコンテストの結果を閲覧しようとするが、まだ結果がアップロードされていなかった。ウンスは事務局に問い合わせるとアップロードしたので確認するよう言われる。受賞者リストに名前は無かった。そこへチャン・チソン[정동훈]が通り掛かる。チソンは入店してウンスの向かいに腰を降ろす。随分熱心だな。PCが毀れるんじゃないか? 引き籠もりが外出するなんて珍しい。上の階の住人の騒音のせいよ。印象的な人物だ、顔が見てみたい。静かにして下さいって、付箋を貼るつもり。もう騒音騒ぎも1ヶ月か。内線かければって、奴は出ないのか。管理人には? 誰も住んでいないって。ところで脚本コンテストの結果は? 発表が延期されてるの。数日内には発表になるって。まあ、そういうこともあるのかな。気分転換に飲みに行こう。俺が奢るよ。またの機会にね。チソンがラップトップを取り上げて結果を見ようとする。ちょっと! ウンスが大声を張り上げ、店内の客たちに見られる。溜息を吐くウンス。どうせ落ちたんだろ。もう慣れっこだろ。ウンスに睨まれる。冗談だよ。
仕事部屋でラップトップに向かい、ウンスはビールを開けながら自作の映像を見る。ファイルを取り出し、賞状の数々を見る。階上から水の流れるような音がした。ウンスは天井を棒で突く。

 

ソン・ウンス(류화영)は脚本家志望。シナリオスクールで講師(박수진)の指導を受けながら、居間を仕事部屋として脚本を書いている。高校時代からシナリオ・コンテストで入賞を重ね、次点だったこともある。だが最近は佳作にすら引っ掛からない。引きも切らないのは未払い電話料金の督促状くらい。母親(오영실)に立て替えてもらっているが、今年デビューできないなら諦めなさいと念を押された。勤め人の妹(고은수)はは働かずに夢を追う姉が父親(이난)に甘やかされていると僻まれている。ウンスが階上の騒音に悩まされて1ヶ月になる。507号棟401号室の真上の501号室の住人に苦情を入れるが、常に反応がない。郵便受けDMにはチョン・ホギョン宛になっていた。ウンスは、501号室に出入りする男(박진우)を見張り、男の車に潜入して血の付いたナイフを発見する。男に潜入がバレて警察に通報されるが、懲りないウンスは501号室で犯罪が行われている可能性を疑い、友人チャン・チソン[정동훈]に車の運転を頼み、男の尾行を開始する。

(以下では、全篇について言及する。)

ウンスの不用意な行動が目に付き、その結果自らやチソンを危機に追いやる。無論、誰もが常に適切に判断し、その判断に基づく行動が出来るなら、社会は機械仕掛けのユートピアと化していることだろう。それでもウンスが501号室の人物に不用意に近付き、尾行する過程は、サスペンスとしてはやや魅力を殺ぐように感じられる。
冒頭、ウンスが騒音に耐えきれず501号室に向かい、静かにして下さいと書いた付箋を貼りに行くと、偶然鍵が掛かっておらず、声を掛けながら部屋に上がって、ドアの向こうで何かを目撃する。この場面は所謂「夢落ち」である(部屋に上がる前にトイレに向かう父と遭遇するが、父からトイレに立った覚えは無いと否定されること夢であったことが強調される)。だが、逆に言えば、全体は「夢落ち」とはならない。
ここで注目すべきは、やはりウンスが脚本家ではなく脚本家「志望」の学生に過ぎないということである。高校時代に脚本コンテストで入賞し、その後もいくつか奨励賞などを手にしている。だがプロデビューのきっかけは摑めていない。
ところでシナリオ作りを学ぶウンスは、脚本家になった予てより先輩から身近なことを書けというアドヴァイスを受けている。ならば本作は、脚本家になれない脚本家「志望」の書いた脚本を「身近なこと」として敢てそのまま提示したのではなかろうか。冒頭、ドールハウス的なモノクロームのイメージでウンスの集合住宅がアニメーション化され、ウンスが仕事部屋でラップトップに向かう場面へと繋がる。ドールハウス的なアニメーション描写は、本作が脚本家の生活を描く神の目線を、すなわちメタ的な作品であることを暗示していたのだ。だからウンスやチソンが危機に陥ってしまう半ば無理筋の展開は、何故ウンスの作品がコンテストで入賞できないかを説明するためだったのである。階上からの騒音とは、公務員試験を受けるか就職しろと言う親からの圧力、すなわち脚本家を諦めさせる「雑音」のメタファーであることは言うまでもない。「騒音」のせいで「仕事部屋」を出ることになったのである。

류화영がとにかく魅力的で見ていて飽きない。

本作には天水教という宗教団体が登場する。水を神聖視する新興宗教が出て来る点では、日本映画『波紋』(2023)と共通する。