可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『チャンシルさんには福が多いね』

映画『チャンシルさんには福が多いね』を鑑賞しての備忘録
2019年製作の韓国映画。96分。
監督・脚本は、キム・チョヒ(김초희)。
撮影は、チ・サンビン(지상빈)。
編集は、ソン・ヨンジ(손연지)。
原題は、"찬실이는 복도 많지"。

 

チ監督(서상원)の新作映画の出演者やスタッフが酒席を囲んでいる。酒の瓶がテーブルを埋めていく。皆、酔いが回ってきたところで、ゲームを始まる。負けた人は必ず飲むこと。監督が負けてグラスを呷ったところで、苦しそうな表情を浮かべる。イ・チャンシル(강말금)は監督がふざけているのだろうと思ったが、どうやらそうではないらしく…。
チャンシルと3人の仕事仲間の若者が荷物を持って急坂を登る。チャンシルは途中で1回休もうと音を上げる。チ監督作品のプロデューサーを務めてきたチャンシルは、監督とともに仕事もを失い、ソウル市西北部の貧困地区に引っ越すことになったのだ。家主の老婆(윤여정)が出迎える。家に上がったところで一人がドアに手をかけたところ、その部屋には絶対に入らないでおくれと家主が声を上げる。奥の部屋にお願い、とチャンシルが後輩たちに指示を出す。変わった大家さんですね。作業を終えた後輩にジャージャー麺を食べさせていると、突然、友人で女優のソフィー(윤승아)が顔を出す。色めく男たち。ソフィーがチャンシルに抱き着く。やつれたね。5キロ痩せた。二人は窓から景色を眺める。見晴らしがいいから私の家が見えるよ。
チャンシルが一人歩いていると、たわわに実ったカリンの木が目に入る。思わず立ち止まって見上げる。樹の上で熟していくだけ、か。
果物で思い出す。果物を盛った皿や豚の頭などを並べ、映画の成功を祈願するコサ(告祀)を行ったクランクイン当日のことを。映画制作会社のパク社長(최화정)は今回はヒットしそうだと機嫌が良く、監督の作品はあなたの支えがあってのものと讃えてくれた。夜、監督をはじめ出演者やスタッフで酒席を囲んだ。皆に酔いが回ってきたところで監督が提案したのだ。お題を出して該当すると思う人を指さし、一番多く指を指された人は必ず一杯飲むことにしようと。監督は一番心の綺麗な人として私を指さしてくれた。嬉しさを隠そうと思わず茶化してしまったけど。一番浮気をしそうな人では、一番指を指された監督が苦しそうな表情を浮かべた。監督がいつもの下手な芝居を打って誤魔化そうとしていると思ったのに…。
チャンシルがソフィーの部屋を訪ねる。テーブルや台所は散らかしっぱなしだ。シャワーを終えたソフィーが顔を見せる。家政婦さんが怪我で辞めてしまったの。仕事がないというチャンシルにお金を貸そうかと提案するソフィー。借りるんじゃなくて稼ぎたいというチャンシル。チャンシルはソフィーの家政婦をすることにした。
チャンシルがソフィーの部屋で仕事中、フランス語の家庭教師キム・ヨン(배유람)が訪ねてくる。ソフィーはギター教室にレッスンに行ったと告げると、ヨンは出直すと言う。そのうち思い出して戻ってきますとチャンシルはヨンをとどめる。ヨンは映画監督だがそれだけでは食べて行けず、フランス留学経験を活かしてフランス語を教えていた。チャンシルの言う通り、ソフィーがフランス語の授業を思い出して戻ってくる。ソフィーが改めてお互いを紹介する。チャンシルとヨンが握手しようとすると、バチっと静電気が走る。ソフィーは果たして静電気だけが原因なのかと訝る。

 

大好きな映画一筋で突っ走ってきたイ・チャンシル(강말금)が、40歳にして映画プロデューサーの仕事を失い、人生を見つめ直す。
年齢を重ねていく中で生まれる焦燥感から夢と現実とが交錯し、そのことがさらに悩みの種となってしまう悲惨さが描かれる。寂しさがゆえに優しさを愛と勘違してしまうといったセリフも刺激的。だが、チャンシルが一人歩いてると画面を横切る白いランニングシャツの男(実は重要な「存在」)や、クロージングクレジットで流れるテーマ曲などに象徴される、独特のユーモアを持つファンタジーの要素が映画を温かく包んでいる。
映画業界で男達と渡り合って年齢を重ねてきたことが、冒頭の緩やかな坂道を後輩の男たちとともに登っていくシーンで瞬時に伝えてしまう。あるいは、若い女優のマンションで、ちょっとした段差に蹴躓くなどで寄る年波を遠景にさっと挿入する。映像による伝え方が巧み。
ホン・サンス監督作品のプロデューサーを務めてきたキム・チョヒ監督だけあって、『それから』などホン・サンス監督的なイメージが随所に感じられた。居酒屋のカウンターで呑むシーンは小津安二郎監督の『東京物語』(1953)、アコーディオンを演奏するシーンはエミール・クストリッツァ監督の『ジプシーのとき』(1989)に基づくようだ(台詞から分かるが両作品とも未見のため詳細は分からない)。デヴィッド・クローネンバーグ監督の作品を思わせるシーンはあるかどうか不明。映画に詳しい人なら沢山の発見がありそうだ。
冒頭における、画面サイズの切り替え。
チャンシルの引っ越し先は、ソウル市の西北部、ホンジェドン(弘済洞)にある「アリ村」。貧困地区としての歴史があるが、作品内にもちらっと映り込む壁画で近年は知られているらしい。
予告編のナレーションの声、そしてタイトルコールが尻上がりになっているのも映画の雰囲気によく合っている。