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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 榎忠個展『RPM-1200』

展覧会『榎忠個展「RPM-1200」』を鑑賞しての備忘録
ANOMALYにて、2020年12月5日~2021年1月31日。※当初会期1月16日までを延長。

榎忠の個展。

展覧会のタイトルは、旋盤の回転数、1分間に1200回転を表すという。表題作の《RPM-1200》は、鉄製の機械部品の廃材に溝を加え、穴を開け、磨いた銀色に輝く物体を積み木のように積み上げたもの。神殿や伽藍のような建築にも、SFで描かれる都市のようにも、生体の組織を再現した模型のようにも見える。

冒頭に掲げられるのは、1970年の大阪万博のシンボルマークを日焼け跡で腹に表した作家の肖像写真。褌姿で銀座の歩行者天国を歩くパフォーマンス《裸のハプニング》(1970)に纏わる記録。10分も経たないうちに警察官に逮捕されたという。太陽エネルギーによる描画を身体に施した作家は太陽(光)の象徴すなわち「アマテラス」であり、「天岩戸」(警察署?)に強制連行された以上、「世界」は暗闇に包まれることになる。万博会場に人工太陽(原子力発電所)からエネルギーが送られたの宜なるかな

作家は、右半身の毛を剃って、東側諸国の1つであったハンガリーを訪問するパフォーマンス《ハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行く》を行い(1977年)、「左右」あるいは「東西)」または「越境」をテーマとした活動を行っていた(「半刈り」の作家の肖像や、ハンガリー訪問時のヨーロッパ旅行の記録写真が展示されている)。続いて、作家は、男性である榎忠を「銃殺」し、「ローズ・チュウ」という女性を生み出す。三途の川を渡って別人格として再生することで、「男女(性)」や「此岸(生)と彼岸(死)」をテーマに「越境」に再度取り組んだのだ。「半刈り」を右半身で終わらせることなく、再度左半身で取り組まれたように、作家は越境を1度(越境したまま)で終わらせることはない。越境の後、再度の越境が行われる。往還である。ローズ・チュウ(忠)とは、"ルーズ(lose) 中心"であり、中心と周縁、男性と女性といったと優劣を含んだ二項対立を無効化する志向が表れている。「彼女」は、1979年、神戸・三宮のギャラリーに、無料のバー「Bar Rose Chu」を2日間だけ開いた(本展会場には「Bar Rose Chu」をイメージした空間が設けられ、ローズ・チュウの衣装などの小物を展示するとともに、作家の活動を振り返る映像作品が上映されている。コースターのイメージはフェリシアン・ロップスの作品を想起させる)。そのバーにはシーソー式の長椅子が置かれていたというが、まさに二項対立の無効化が形象化されていたと言えまいか。

二項対立の無効化という観点は、美術についての固定観念を取り払おうとする作家の姿勢にも見受けられる。《裸のハプニング》で対峙した国家的なイヴェントや逮捕をめぐるマスメディアによる報道が多くの人を動かすものを目撃したとき、美術(作品)の規模や影響力というものについて再考せざるを得なくなったようだ。例えば、《Space Lobster P-81》(本展会場「Bar Rose Chu」内で映像資料として紹介)は、1981年の神戸ポートアイランド博覧会で発表されており、大規模イヴェントの中に入り込んでいる。また、列車や船などの廃材を組み合わせた彫刻はその巨大さでまずは観る者を圧倒しようとしたのではないか。公園に設置された《AMAMAMA》(1986年。本展では映像資料の中で紹介)の大規模、《RPM-1200》や35mmフィルムを用いた《パトローネ》の集積、マシンガン(型の彫刻)《COLT-AR-15》や女装した作家(髭を生やした「女性」は《L.H.O.O.Q.》のイメージを介してやはりデュシャンに通じる)をギャラリーや街中に持ち込む異化効果、さらには種々のパフォーマンスによる瞬間性・祝祭性といった耳目を集めるための仕掛けによって、作家は美術と日常との間にある境界を往来し、美術の領域を少しずつ拡張してきたことが分かる。