可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 佐藤絵莉香個展『Home ground』

展覧会『佐藤絵莉香「Home ground」』を鑑賞しての備忘録
長亭GALLERYにて、2024年3月23日~4月7日。

工場地帯のハウス、地方競馬のホースなど、作家の地元である川崎の臨海部をモティーフにした絵画で構成される、佐藤絵莉香の個展。

《TIME》(1940mm×1303mm)には疾走する馬を操る騎手の姿が画面一杯に描かれている。競走馬はキャラクター化される街のモティーフであり、騎手は作家自身である。人馬一体となって地元を駆ける。

《KEIHIN》(530mm×410mm)は、茂みを背景に舌を出す犬の顔を大きく表わした作品。青空に黄の文字で"KEIHIN"と京浜工業地帯であることが示される(犬の顔の脇に見える下段の2つのNは不明。JFEの前身企業の1つは「日本鋼管」だが時間を遡り過ぎることになってしまう)。犬の顔の中央に縦に伸びる赤と白のラインは、昼間障害標識となっている煙突で、炎を吐き出していることからフレアスタックが行われているのだろう。夜、灯りの点いた部屋が点在するマンション(?)に顔を重ねた《OKAERI》(333mm×242mm)や、家並に輪郭線の一部を"J"の文字で表わした犬の顔を重ねた《ジェイ》(410mm×273mm)、三角形の切妻屋根の家に丸の目や弧の口を描き入れてキャラクター化した「House soldier」シリーズ(各273mm×220mm)など、街の光景を童話の世界に変えてみせる。また、色取り取りの積木が家並のように積み上がる中黙々と作業する猫の姿を描いた《つみき工場》(1167mm×727mm)という童話の一場面のような作品もある。とりわけ作家の創作姿勢が明瞭なのは、《Light catcher》(1620mm×1120mm)である。鳥の絵が落書きされたコンクリートの壁を背景に、目を付けてキャラクター化された蜘蛛の巣が2つ並んでいる。蜘蛛の巣には青、赤、黄の四角形や円が無数に散らされている。作家は、誰も目を向けることのない街の片隅の、水滴が附着した蜘蛛の巣に、光を捉える存在を見出したのである。

「でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけれど、他には誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かがその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。たしかにかなりへんてこだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。かなりへんてこだとはわかっているんだけどね」(J.D.サリンジャー村上春樹〕『キャッチャー・イン・ザ・ライ白水社/2006/p.293)

作家は工業地帯で光を捕まえる人であった。