展覧会『カワイハルナ「状態の共存」』を鑑賞しての備忘録
OIL by 美術手帖ギャラリーにて、2024年5月24日~6月17日。
幾何学的な物体瞬間的に均衡を保っているかのように組み合わせ、次の瞬間に状態が維持されるのか、あるいは崩壊するのか、そのどちらでもありうる状態を表わした絵画で構成される、カワイハルナの個展。展覧会タイトル「状態の共存」とのタイトルは、状態の維持と崩壊とが両方あり得ることを、量子の重なり合いに擬えたことに因む。
《3つの球体》(1300mm×1620mm)は、淡いレモン色の画面の下部に灰色の台(直方体)を設え、その上部に直方体状の溝を切り、そこに3つの赤い球を接するように横に並べ、その球を固定するために、凸状に切り出したベージュの板を逆さに溝に嵌め込んだ状況を描く。ベージュの板により赤い球は転がり出さずに固定されている。台は前面、側面、上面で灰色の濃淡が異なり、赤い球は下部が暗くなり、台に影を落とす。ベージュの板も台の上に影を作っている。
《軸をずらす》(445mm×606mm)はベージュの画面。三角形に切り出した多少の厚みのある板を2つ立て、その中段に白味の強い灰青の板を挿し込んで台とし、そこに2つの球を縦に重ね、表は白で裏は青の紙(?)で覆って転がり出さないようにしている。その紙は2つの三角形状の板の頂点から張られている糸によって吊されている。
《上から抑える》(445mm×606mm)はやや赤味のある灰色の画面。ごく淡いレモン色の台の上にくすんだ青の板を立て、それを白っぽい群青の円柱が上から抑えている。くすんだ青の板の左端には小さな円柱が立てられ、そこに茶の帯がひっかけられている。帯の先にはごく淡いレモン色の台の右側に、淡い茶色の切妻造の屋根のような(方形の底面と三角形の断面とを持つ)立体が提げられている。
幾何学的図形の組み合わせによる画面は、コンピューターで描画して印刷したかのような印象を受ける。だが、手描きで、画面に近付くと、その色斑に気が付く。また、幾何学形態の組み合わせは何らかの機能を果す装置ではない。だが重力などの物理法則に従った複数の物体が微妙なバランスを保つ様が表現されている。何らかの連鎖的動作の発生を楽しむルーブ・ゴールドバーグ・マシンとまでは評し得まい。
ところで、タイトル「状態の共存」の由来である、量子の「重ね合わせの原理」は、量子の状態をベクトルを用いて表現できる。位置xにいる状態と位置yにいる状態とをそれぞれベクトル(|x>, |y>)で表記し、それを足し合わせた"|x>+|y>"により、xとyとの2点に同時存在する量子を表現できる。そして、重ね合わせの状態は観測すると変化する。位置xと位置yとに同時存在していた量子は、観測により位置xか位置yかのいずれかに確定する(松浦壮『量子とはなんだろう 宇宙を支配する究極のしくみ』講談社〔講談社ブルーバックス〕/2020/p.228参照)。
翻って、作家の作品は、コンピューターグラフィックスと手描き、物理法則と空想などが重ね合わされたかのようである。安定した静謐な世界と見えるとすれば、それは幾何学的立体を剛体として捉えているからである。表わされた幾何学図形が紙など脆い素材でできていると考えるなら、次の瞬間にはくしゃっと崩落してしまうだろう。鑑賞者の捉え方によって状態の維持か崩壊かが決するという意味で、まさに重ね合わせの状態にある。「状態の共存」の絵画なのだ。