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芸術鑑賞の備忘録

本 宮崎克己『ジャポニスム 流行としての「日本」』

本 宮崎克己『ジャポニスム流行としての「日本」』(講談社現代新書2506/講談社/2018年)を読了しての備忘録

目次
はじめに
第1章 ジャポニスムの「見え方」
山頂とすそ野/「ジャポニスム」という言葉/双方向の流れ
第2章 開国のインパク
浮世絵の発見/アヘン戦争という発端/「中国」から「日本」へ/ペリー遠征への反響/「産業美術」への熱中/鮮烈なる「日本」
第3章 ジャポニスムの媒介者たち
1862年ロンドン万博~オールコックなど/レオン・ド・ロニー~恐るべき日本学者/林忠正~双方向のキーマン/ジークフリート・ビング~アール・ヌーヴォー仕掛人/装飾運動とジャポニスム
第4章 モノの到来
ジャポネズリーの受け皿~寄せ集めの室内/明治の輸出工芸/綿織物というハイブリディティ/扇子と団扇が起こした旋風/個人のための空間装置
第5章 「日本の濃淡」
流行としての「日本」/「素材」になった日本美術/「触媒」としての日本美術/モダンアートとジャポニスム
第6章 色彩のジャポニスム
マネ~漆黒という色彩/印象派~鮮烈な色彩対比/ゴーギャン~抽象へ向かう色彩/ゴッホ~色彩の表現主義
第7章 空間のジャポニスム
遠近法の歪み/唐突な切断/俯瞰の構図/誇張された遠近法/背後の異空間
第8章 線のジャポニスム
グラフィック・アートの確立~1890年代/版画の刷新/ポスターとイラスト~線の表現力/雑誌の新機軸/グラフィック・イメージの環流/漫画からマンガへ
第9章 ジャポニスムの終息
山頂からすそ野へ/「日本」の変貌/ジャポニスムからネオ・ジャポニスム
参考文献
あとがき

19世紀中頃からの半世紀間にわたる、西洋における日本の美術・工芸品の受容・愛好・影響をジャポニスムと捉え、エドゥアール・マネエドガー・ドガクロード・モネフィンセント・ファン・ゴッホといった著名な芸術家の作品に見られるジャポニスムのみならず、西洋社会に対するインパクトにも目配せする。
ジャポニスム(japonisme)」は、ジャポニスムや装飾運動の推進者であり、後には印象派の擁護者ともなったフランスの評論家フィリップ・ビュルティが雑誌連載のタイトルとして用いたことで定着した。「ジャポネズリー(japonaiserie)が日本の美術工芸品(やその模造品)を指す言葉であるのに対して、ジャポニスムはジャポネズリーのみならずそれらに興味を持つ主体を含んで幅広く用いられた用語であった(第1章)。アヘン戦争で極東情勢や中国趣味の製品(「シノワズリー(chinoiserie)」)が注目されたが、戦争の終結と日本の開国、とりわけ日本二十六聖人の列聖や文久遣欧使節が日本への関心を高めた。それまで中国と不分明であった日本の姿がフランス社会で浮上する過程をフランスの新聞報道を手掛かりにたどる(第2章)。1862年のロンドン万博では駐日イギリス公使ラザフォード・オールコックが自ら蒐集した日本の工芸品を展示した。1878年のパリ万博を機に通訳として渡仏し、万博終了後にパリで美術商として活躍した林忠正は、マネ、ドガ、モネらととも交流した。美術商ジークフリート・ビングは、日本美術の普及に大いに貢献した雑誌『Le Japon artistique』を刊行し、エコール・デ・ボザール(École nationale supérieure des Beaux-Arts)で大規模な日本美術展を開いた。この二人の美術商による、日本と西洋に与えた双方向的な影響を紹介する。日本語研究を行ったレオン・ド・ロニーの業績などにも触れられている(第3章)。日本の美術工芸品がヨーロッパの室内装飾に取り込まれたことを紹介する。とりわけ実用品として消費されあまり残存していないが大量に流入した扇子や団扇の意義について強調される。図案集『温知図録』など西洋人の好みに合わせていた明治日本の輸出工芸品や、日本向けにデザインされた綿織物など、輸出入における相互の影響関係にも言及する(第4章)。19世紀末における日本フィーバーをモネ、ゴッホロートレック、マネらにたどる。そして、日本ブームの前半はレアリスムの時代であり、例えば葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の波のようなモチーフが引用されていたが、前衛画家たちが個人的な意味内容を追求してレアリスムから離れていくと、日本美術は新しい表現の追求のための触媒にとした機能したことが指摘される(第5章)。マネにおける色彩としての黒、印象派における色彩の対比、ゴーギャンゴッホにおける主観的な色遣いには、ジャポニスムの影響が見られる(第6章)。遠近法からの離脱、人物などの切断、俯瞰の構図などにジャポニスムが大きな役割を果たした(第7章)。日本美術の肥痩のある描線がヨーロッパの版画、ポスター、雑誌などに与えた影響を見る(第8章)。西洋における装飾を排除したモダン・スタイルの隆盛、日本における職人的工芸から機械製品生産への転換、辛亥革命による中国の美術品のマーケットへの流入などがジャポニスムを終焉へと導いた(第9章)。

ジャポニスムの入門書として手に取りやすい。展覧会の解説などに頻繁に登場するジャポニスムに関心がある向きは、第5章~第8章を読むと良い。
西洋に大量に流入した扇子や団扇、あるいは日本に大量にもたらされた綿製品への言及が面白い(第4章)。
中国趣味の隆盛の間に日本ブームが到来したとの指摘も興味深い。
多くの作例が図版として掲載されており、本文の図解として非常に分かりやすい。一度上げた図版に言及する際にはページまで付記して図版番号を示し、参照しやすいのも良い。