可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 長尾謙一郎個展『また、すぐに忘れてしまうから』


展覧会『長尾謙一郎個展「また、すぐに忘れてしまうから」』を鑑賞しての備忘録
VOIDにて、2020年4月9日~26日。

雑誌のイラストレーションなどに使用された、長尾謙一郎のペインティングを紹介。

頭を下げる男の姿。一人ビールを飲みながら餃子をつまむ女性。全てがかすむ空間を遠くへと立ち去っていく後ろ姿の男女。シルクハットを被ったままの髭面の男が湯船に浸かる前でシャワーを浴びている女性。沸騰した薬罐を頭部に持つ人物が洗面台に向かい、その後ろで待ち構えているサングラスをかけたトップレスの女性。夜空に聳える山を背景に、黒猫を抱えたフランス人形のような少女がタクシーが疾走するガードレール脇に佇み、彼女を撮るつもりがあるのかないのかカメラを構えているアラーキーのような人物。頭にフクロウを載せたマジシャンらしき男がクリムゾンのドレスをまとって横たわっている女性を浮遊させている瞬間。郊外の田畑が広がる道で焼身自殺する男の背後を歩いて通り過ぎるセーラー服の女生徒たちの列、そして空を舞うカラスの群れ。病院で、背中が燃えている患者が数字を呪文のように唱えながら点滴袋の付いた棒を持って歩いている脇を、ナースキャップと白いパンプスだけ身につけ、救急箱を持った裸の看護師が平然と歩いて行く。ジョン・エヴァレット・ミレー《オフィーリア》を思わせる構図で、「風流な土左衛門」たる膨よかな女性が乳首から母乳を噴水のように吹き出している様子。顔の見えない裸の男とその脇にいる裸の女性を目撃する金髪の少女の後ろ姿をロングショットで、その右手前にその少女のクローズアップで描くモンタージュの作品(この作品の少女は連作の主人公らしく、他の作品にも登場する)。いずれも映画のワンシーンのような、物語を感じさせる画面が、軽妙な筆致で表される。それでいて静けさがしみじみと伝わる情景、血しぶきが上がったり炎が燃え上がる激しい修羅場、思わず微笑んでしまうようなコミカルな状況、何が起こっているのか分からないような不思議な光景などが適切に描き分けられている。