可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『Swallow スワロウ』

映画『Swallow スワロウ』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のアメリカ・フランス合作映画。95分。
監督・脚本は、カーロ・ミラベラ=デイビス(Carlo Mirabella-Davis)。
撮影は、ケイトリン・アリスメンディ(Katelin Arizmendi)。
編集は、ジョー・マーフィ(Joe Murphy)。
原題は、"Swallow"。

 

ハドソン川を見晴らす緑豊かな高台に立つ豪邸。ハンター・コンラッド(Haley Bennett)が早朝にテラスで川を眺めている。老舗企業の創業者一族出身のリッチー・コンラッド(Austin Stowell)の妻として、ハンターは不自由ない生活を送っている。
3頭の子羊に男が近づく。怯えるように柵に身を寄せる羊たち。1頭が捕らえられて屠られる。
メイン・ディッシュの羊が食べられているディナー。マイコーコンラッド(David Rasche)が立ち上がる。皆さん、食事を中断させてしまい申し訳ありません。ご報告があります。この度、リッチーが史上最年少で我が社の取締役に名を連ねることになりました。父に促されたリッチーが挨拶する。全ては素晴らしい妻ハンターの支えの賜物です。自宅は父に手に入れてもらいましたけど。
リッチーが帰宅し、ハンターが用意した夕食を二人でとる。美味いよ。この家に移って朝が素敵だと思うようになったの。あのね、プールの脇にね、花を植えたいんだけど、どうかな? 悪いけど、メールが入ったから返信しないと。朝顔(morning glory)って輝かしい朝って感じがするの。…うん? そうだな。
ハンターが妊娠していることが明らかになる。リッチーは大喜びで、早速両親に連絡する。ハンターはリッチーと義父マイコー、そして義母キャサリンとディナーで顔を合わせる。この子はお腹から出たがらなくて、分娩は30時間にも及んだのよ。しかも出てきたときは真っ青だったわ。僕の話はいいから、ハンターの子供の頃の面白い話があるんだ、聞かせてあげてよ。話を渋るハンターだったがリッチーに促されて語り始める。車に向かっていつも投げキスをする男がいて、髪も髭も汚らしくて、私は怖かったんだけど…。ハンターの話を遮るようにマイコーがリッチーと仕事の話を始める。蚊帳の外のハンターはグラスに入った氷の冷たい輝きに目を奪われる。気が付くと、手で取って口に放り込み、ガリガリと音を立てて食べていた。3人が奇異の感を持ってハンターを見る。
ハンターはガラスの壁面が多用されたスタイリッシュな広い家の空間で一人過ごしている。ガラスの壁面に赤いシートを貼ってみたり、植物の鉢を置いてみたり。時間を持て余すと、スマートフォンを取り出し、パズルゲームで時間を潰している。ある日の午前中、突然キャサリンが部屋に入ってくる。驚かせてしまったわね。この本を渡そうと思って。私が妊娠中に読んでとても参考になったものだから。サンドイッチを作ろうと思っているの。他のものでも作りますけど? いいのよ、予定があるから。義母は早々に立ち去る。ハンターは早速繙くと、思ってもみなかったようなことに毎日チャレンジするという言葉に感銘を受ける。赤い模様の入ったガラス玉を手にして光に透かしてみる。しばし眺めると、口に放り込み、飲み下す。何とも言えない達成感がハンターの身体の中にこみ上げる。夜中、ハンターは便器の封水の底の便の中にガラス玉を見つける。取り出して洗浄すると、ガラス玉を寝室のテーブルの上に置く。

 

婚家で孤立するハンター・コンラッド(Haley Bennett)が異食症を発症した顚末を描く。
ハンターは夫やその家族から、表向きはともかく、まともに相手にされていない。妊娠をきっかけとして、彼女が跡取りの出産にだけ必要とされていることが明白となる。ガラス張りの邸宅は、ハンターを一人(夫が不在で一人で過ごす時間が長い)閉じ込めておくための、飼育ケースである。かつて厚生労働大臣の発言にあった「産む機械」を地で行くような扱いである。あるいはマーガレット・アトウッド(Margaret Atwood)が小説『侍女の物語(The Handmaid's Tale)』(1985)で描く世界に通じよう。
女性の過酷な運命を描く物語だが、洗煉された美しい映像で表されることで、目を逸らすことができない。作品に呑み込まれてしまう。


以下、核心に触れる部分がある。


婚家でのストレスを背景に、妊娠がきっかけとなって異食症を発症したように描かれているが、ハンターを覆うもっと大きな影があることが次第に明らかになる構成となっている。
精神科医の診察を受ける中で、家族について尋ねられたハンターは、平凡で話すことがないと答えていたが、診察を続ける中で、出生の秘密が明らかにされる。母親がレイプされて身ごもった子が自分であり、宗教上の理由から中絶されなかったということ。ハンターは継父を含め自分が大切に育てられたと付け加える。異食症が悪化したハンターは、胎児の生命を危惧した義父らによって施設への入所を半ば強要されることとになり、逃げ出す。逃避行の過程で自宅にかけた電話での実母とのやり取りから、家庭での立場が厳しいものであったことが判明する。ハンターは、生物学上の父に会うことを決意し、そこで事件を起こした過去など無かったかのように幸せな家族をつくっていることを知る。
上流から下流へと流れていく川、家畜の行く末など、冒頭から(運命に)流されることが示される。呑み込む(swallow)ことは、呑み込まれる(be swallowed)という受動的な立場から、能動的な立場への転換を図ろうという意志の表れだ。あるいは、呑み込んだ後、排出されたものをコレクションするのは、呑み込まれてもサヴァイヴするオブジェに自らを重ねている。輝きを持つ存在(ガラスや金属。朝顔=morning gloryの名称にも通じる)、尖った(運命に抗う)存在になりたりからだ。土を食べるのは、アダム(男性)が土塊から作られたことを踏まえ、男性(レイプ犯たる実父、夫、義理の父)の支配を打破する象徴的な意味があるのだろう。