可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 深田桃子個展『吹けばとぶ。』

展覧会『深田桃子個展「吹けばとぶ。」』を鑑賞しての備忘録
工房親にて、2023年10月21日~11月11日。

太い輪郭線で表わしたモティーフをいくつかのパーツに分け、各部を1色で塗り潰した、色数を抑えた絵画8点で構成される、深田桃子の個展。

《ストレッチ》(1620mm×1303mm)には、上に延ばした左腕を右手で支え伸びをする、クリームイエローのスウェットに青いデニムあるいはジャージー(長袖Tシャツ?)の女性と、彼女の顔に自らの顔を寄せた、同じタイプの青いパンツに赤い上着の右手を突っ込んだ女性とが描かれている。まず目を惹くのは、幅広いマジックで引いたかのような太い輪郭線。ほとんど黒に見える濃紺の線が力強い印象を生む。その印象に反して、直線は僅かに傾斜し、あるいは折れ曲がっている。その繊細さが、大胆に引かれた直線によってモティーフを的確に表現することを可能にしている。背景はオレンジに緑が重ねられている。緑は矩形に近いが、上辺は僅かに右に下がり、左辺は外側へ拡がるように彎曲し、右辺はわずかに蛇行している。緑がオレンジを覗かせる部分は、ストレッチによって服がずれて覗いた腹部などとのアナロジーとなっている。クリームイエローの女性とともに、背景にもストレッチをさせているのだ。太い輪郭とともに特徴的なのが平板に塗り込めた色である。太い輪郭線の内部を1色で平板に塗り込めているため、ステンドグラス、否、ヨーロッパ的というよりも和のテイストを感じさせるため、森義利の合羽摺りを彷彿とさせると言うべきだろう。髪、皮膚(あるいは下着)、パンツの線、背景にはオレンジ、背景の緑、ストレッチの女性の上着のクリームイエロー、顔を寄せる女性の上着の赤、2人のパンツの青の4色に色数が絞られているのも、力強さの源泉である。さらに、2人の顔が角度、髪、腕によって全く顔が見えないこと、ストレッチ女性に対して、ポケットに手を突っ込んだ女性の動作が判然としないことなどが、ミステリアスな印象を生む。ストレッチの女性の顔(=面)に近付く赤い上着の女性は、謎を解くために作品(=《ストレッチ》の画面)に近付く鑑賞者のメタファーとなる。

《私たちのヒステリー》(910mm×652mm)では、紺の背景に、黄緑のタートルのセーター(あるいはハイネックのフリースのジャケット)にデニムのパンツの女性が足をばたばたとさせるように中空に片脚を上げ、片脚を前方に突き出している。後方では彼女をクリームイエローの上着とデニムの人物が抱えている。抱き抱える人物の頭部は相手の頭部に接するように垂れている。2人の頭部は髪によって1つの黒い塊となる。頭部の一体化は、抱き‐抱かれるという身体的な重なりと相俟って、2人が精神的にも一体化――「私たち」の「ヒステリー」――していることを表わす。真っ黒な頭部、紺の背景によるブルー(憂鬱)な世界も、明るいクリームイエローと黄緑に象徴される2人の存在によって乗り越えられるような、希望が見える。

《夕日の中にいて》(1620mm×1303mm)は、河原の土手にでもいるのだろうか、オレンジ色の光を背景に、2人の女性が腰掛けている姿を表わした作品。ショートカットの2人の女性はそれぞれ青と緑のショートパンツを穿き、赤とレモンイエローの長袖のTシャツをそれぞれ来て、クリーム色で表わされた素足を前に投げ出し、あるいは膝を曲げて坐っている。髪(あるいは髪がつくる影)によって顔の表情は分からないが、右側の膝を曲げて坐る女性が、隣の女性に向かって顔を向けている。右側の女性の長い腕、左側の女性の長い脚、2人の両手などが長く引き伸ばされている。そのデフォルメは、夕刻の横から射す陽差しによって長く引き伸ばされる影のアナロジーなのだ。夕陽に包まれた2人だけの世界を永遠に引き伸ばしたい。タイトルの「いて」は、動詞連用形+接続助詞――状況を表わす――であるとともに動詞命令形――冀求を表わす――でもある。だが、夕陽はすぐに姿を消し、辺りは闇に包まれてしまうだろう。2人だけの「吹けば飛ぶ」ような刹那のユートピアを描いた作品と言えよう。

2人だけの世界は、上記3作品だけでなく、全ての出展作品に共通している。但し、他の作品では、大胆なトリミングなどによって、部分により2人の存在が示唆されている。例えば、《只中》(1303mm×907mm)にはオレンジの画面に大きく人物の背中を表わしている。浮世絵版画の影響を受けたパリの19世紀の版画集『レスタンプ・オリジナル(L'Estampe originale)』に含まれていそうなデザインだ。人物の背中に這わされた長い手の指はもう1人の人物の存在を示唆する。手にモティーフを特化した《あなたのために煙草をやめられない》(333mm×530mm)では、長い指と煙、シガレットとが共鳴する。共鳴という点では、《ミラーリング》(910mm×1167mm)の2人の女性の胸部をトリミングしたかのような画面では、それぞれオレンジと水色のセーターに、同じ赤と緑のストライプが配されることで、2人の同じ波長にあることを表わすかのようである。《空洞》(652mm×530mm)は、脚を押し広げて間に入り込み、腹部の辺りから相手の顔を見上げる作品で、春画の世界に通じるものがある。