可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 ソー・ユ・ノウェ+樫木知子二人展

展覧会『ソー・ユ・ノウェ、樫木知子』を鑑賞しての備忘録
オオタファインアーツにて、2025年7月5日~8月16日。

女性と植物などが融合した異形の存在を表した焼物を手掛けるソー・ユ・ノウェ[စိုးယုနွယ်/Soe Yu Nwe]と、忘我により他界へと吸い込まれる人物を描く樫木知子との二人展。

ソー・ユ・ノウェ
《Nuwa x Mountain》(270mm×330mm×250mm)は、花や蕾、肉厚の花のようなものが集まった中から節のある茎のようなものが突き出て、その先に女性の頭部がある炻器。蛇身人首の女媧[Nüwa/女娲]である。茶色を呈する器の肌は山をイメージしてのものだろう。女媧を扱った作品に《Kannon x Nuwa》(260mm×300mm×290mm)がある。くねる蛇の胴体を造型して蛇身人首がより明確に表現され、蛇のような茎が割れて円錐型の乳房が4つ突き出している。蓮の花が伴うのは、持物[attribute]により女媧が同時に観音[观音菩萨]であることを示すためだ。
《Kannon x Dentata》(240mm×400mm×380mm)は、花や蕾、肉厚の葉などに加え、茎、棘、あるいは雄蕊のような突起が指、手として包み込むように女性の頭部を配した磁器。クリームないしベージュ色に加え、所々緑や赤の釉薬が施されている。女性は観音である。刺々しい指ないし手は歯の表象でもある。男根を食い千切るヴァギナ・デンタタ[Vāgīna dentāta/有牙阴道]だからだ。
展示作品中最大の《Four Revolutions》(950mm×1050mm×900mm)は、花や葉、茎などの植物と4羽の鳥とが一体化した炻器。花のような冠毛、葉のような尾羽を持ち、首筋には細い茎が編むように並び、環が鎖状に取り付けられている。鳥と革命との連関は詳らかでは無い。
《Kannon x Circle》(170mm×300mm×320mm)は、蓮の花のリースのような磁器で、花の1つから観音の頭部が出ている。またリースを構成する茎には複数の張りのある乳房が表されているが、同時に棘のような芽に注意しなくてはならない。
全ての連なる世界を、その統べる地母神として形象化する。蛇として表すのは、その脱皮が再生・更新を象徴するからであろう。

樫木知子
《僕はあの世の入口だ》(490mm×680mm)は、木目に沿って並ぶ桜花によって埋め尽くされる灰色の壁の節にある眼球に目を奪われた少年が、火を灯した細い蝋燭を近づけて覗き込んでいる姿を描いた作品。灰白色の板壁は木目がはっきりしていて、5つ見える節を中心にそれぞれ紡錘状の線を連ねている。その線の内部にはピンクや黄、黄緑の桜の花が並び、花によっては雄蕊や雌蕊が長く延びていたり膨らんでいたりする。その花は、木の節である眼球から壁の向こうを覗き見ようとする少年をも覆い尽くす。蝋燭の火を近づけて果たして向こうの世界は見えるだろうか。火の扱いに気を付けなくては誤って眼球を焼いてしまうことにもなりかねない。同題作品《僕はあの世の入口だ》(335mm×405mm)には、やや黄味を帯びた灰白色の木の床や自らの皮膚に筆で文字を記している裸の少年の姿が描かれる。床には木目に沿って文字が描き込まれている。少年は両膝を突いて突っ伏すように座り、頭頂部を床に押し付けて右の膝頭に筆で文字を書いている最中だ。既に少年の肌にはびっしりと文字が描き込まれているが、背中や後頭部には誰が文字を書き付けたのであろうか。下敷きとされていると考えられる「耳なし芳一」なら寺の住職ということになる。彼の周囲を舞う朧気な3頭の蝶は貴人であり、平家の怨霊と解される。両作品とも、少年自らの姿勢に加え、画面を埋め尽くす花や文字によって、窃視や書字への没入が表現される。忘我により他界へと到るのだ。
《私を探す》(1000mm×652mm)は、草地の中にある、赤い水を湛えた穴に左腕を突き込む半裸の少年を表した作品。縦長の画面の上部3分の2ほどはタンポポホトケノザオオイヌノフグリナズナなどの繁茂する草地で、画面下部に赤を帯びた水の溜まる穴がある。少年は顔を水面すれすれまで近づけ、左腕を入れて何かを取ろうとしている。彼のいる穴への斜面は草が疎らにしか生えておらず、土というより器官のような印象だ。水面には渦ができ、精子のようなものが泳いでいる。但し、「精子」には胸鰭や腹鰭のようなものがそれぞれ対で付いている。改めて草叢に目を遣ると、無数の「精子」がこの赤い水へと集まって来ているのが分かる。少年は「精子」とともに子宮に向かい、自らの起源を探ろうとしているのかもしれない。卵子に向かう精子と同化することで少年は、むしろ自らを失っていくようだ。
ツツジ》(1000mm×727mm)は、躑躅の花と色紙の「絨毯」に横になり、両掌に抱えた躑躅の花から蜜を吸っている少年の姿を表した作品。画面上端は、極淡い桃色、橙、緑などの色紙と色味の薄い躑躅の花が覆い、画面下部に向かって次第に濃い色の花と同じ色味のより小さな色紙によって埋め尽くされていく。紗のような衣を着て、裳を履いた裸足の少年の身体は頭が下に着ている。身体の右側を花の「絨毯」に押し付け、顔の前の両掌に盛った花弁の1つを吸っている。蜜を味わう少年は花と一体化し、世界に溶けてしまう。

過去・未来・現在は私を含む世界で繋がっている。