展覧会『Yamanaka Yukino「Eclipse」』を鑑賞しての備忘録
PARCO MUSEUM TOKYOにて、2025年8月1日~18日。
付け爪と引き延ばされた指とを特徴とする手を翳すことで出来た影により隈取り的効果を与えられた女性の顔を描いた作品を中心に13点の絵画で構成される、山中雪乃の個展。
《window》は、長い爪(付け爪)をした右手を右目の前に、左手を顎の辺りに構えた女性の顔を描いた作品。背景はやや緑がかった黄土色で均一に塗り込められている。左目(右目は指の影に隠れて見えない)、鼻、唇などは写実的に描かれているが、髪は茶、黄土、黄、青などの絵具を垂らすことで表される。引き延ばされた指は長い爪と一体的に、半ば抽象化されている。右前方からの光を受け、右目の前に翳した右手が右頬・右目・眉間・左目の下に、左顎の前に構えた左手が鼻・唇の周囲にそれぞれ影を落とし、左頬や上唇、とりわけ左目を浮かび上がらせる。左右2つの画面の間を敢て詰めずに展示するのは窓枠のイメージを呼び込むためであろう。そもそも絵画は窓に擬えられるが、鑑賞者が女性を眺めるためというよりむしろ描かれた女性が鑑賞者を見詰めるための窓であることを、影の隙間から覗く左目が訴える。
表題作《ECLIPSE》は、半ば開いた右手を顔の前に掲げ、顔を半ば影で覆った女性の胸像。髪は淡いピンク、肌はベージュで、流れるストローク、あるいは絵具を垂らすことで表される。付け爪をした引き延ばされた指を曲げ半ば開いた右手が、右顔を中心に三叉槍[trident]状の影を落として不穏な印象を生むとともに、陰っていない鼻や唇、とりわけ挑むような目を強調する。左手も右手と同様の形をとるが、顎の辺りに位置し、人差指の爪が僅かに唇を隠すのみである。右腕の影が彼女の首から胸元にかけて映じている。彼女の右側には闇が拡がり、なおかつ彼女の左肩から背後の灰色の壁にかけて濃い影が覆う。女性の顔は月であり、右手の影が月蝕を表す。さらに、彼女の身体もまた月のメタファーとして、何(者)かの影による蝕が生じていると見ることができる。月蝕と女性はテッサリアの魔女、アグラオニケ[Ἀγλαονίκη]を連想させ、鋭い爪や裸によって魔女のイメージが増幅される。首筋にかかる太い影をペニスに、鋭い指先を持つ両手を歯に見立てヴァギナ・デンタタ[Vāgīna dentāta]の表象と捉えることも可能であろう。
《window》や《ECLIPSE》が鑑賞者に挑む魔女的のようなイメージであるのに対し、光から顔を背けるとともに左側からの光を両手で遮る《half》、沈鬱な表情で首を傾げ右手で顔を隠す《facepalm》などが対照的である。とりわけ、眩しそうな顔して右手で光を遮る女性を表す《bright》では、額や髪に指された青、背景の灰色に加えられた青味と相俟って、左頬に垂れる絵具は涙との印象を拭えない。
《peek》は、やや俯いた顔を両手で覆う女性の顔を表した作品。付け爪をした手は、右手に対して左手を左側の方をシオマネキよろしく異様に大きく表してある。顔には光がまともに当たるが、両手は顔に触れているために、ほとんど影を見せない。指の間から覗く目はやや虚ろである。
《Disproportionite》は顔の前に、胸の前で腕を交差させて引き延ばされたように表現される両手を顔の前に構えた女性像。より高い位置に持ち上げた右手で見開かれた右手が影になる。より低い位置にある左手は口や顎に影を作るのみだが、蔭になっていない右目は塗り潰されるように閉じられて不穏である。その不穏は、右肩から首筋にかけての彼女のものとは異なる別の手の影により増幅される。
《Bellflower》は、暗闇の中、鋭い爪(付け爪)を持つ右手を顔の前に構えた女性が、やや低い位置からの光を浴び、鼻、唇、右頬の一部が右手の影に覆われた姿を、右斜め前から描いた作品。左腕が持ち上げられ、額や右肩の肌には緑が差されている。胸から両腋にかけて白い衣装らしきものが描かれている。"Bellflower"を"Harebell"と捉えて、エミリー・ディキンソン[Emily Dickinson]の詩"Did the Harebell loose her girdle"の純潔を主題と解釈することも可能かもしれない。