可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 髙野詩音個展『Whispers』

展覧会『髙野詩音「Whispers」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY ROOM・Aにて、2025年7月19日~8月17日。

髙野詩音の絵画展。

《slug》(727mm×910mm)は、何かを抱えるようにして俯せに眠る少女の上半身を描いた作品。画面の中央左寄りに目を伏せた少女の顔がある。彼女はクッションのようなものを抱え、左腕に頬を載せて俯せに寝ている。全体に模糊とした描写だが、右手の指には針のような爪があり、左腕は頭の側面を廻り込むように延びて額に鉤爪が覗いている。彼女の背中には半透明の羽らしきものがぼんやりと見える。彼女は妖精であろうか。額、口、肩、脇腹は光を浴びて輝く。艶やかの肌のを挟み、顔の周囲は赤紫など暖色で、背中の羽の辺りは紫、青、緑といった寒色で対照を為す。羽・肩・口・右上を繋ぐ右上から左下への対角線と、左手・額・肩・脇腹を繋ぐ左上から右下への対角線という2つの対角線が筋交いとして画面を支え、「妖精」の眠りを安らかなものにする。
《emerged》(500mm×727mm)は、両手を揃えて両腕を前に突いた少女の像。画面右上に俯いて伏し目の顔があり、顔の下で身体を支える両腕がV字にんる。彼女の背には羽の
らしきものが見える。彼女は妖精かもしれない。マゼンタが支配しする画面の中で、伏した左目の青や右腕の白が目を引く。右目の視線は右上から左下への対角線と一致し、右腕の白が視線に対して直角である。《slug》ほど堅固なものではないものの、安定感を賦与する。
《確かめる(feel it with my hands)》(380mm×455mm)は、群青の仄暗い空間で光り輝く頭部(?)に左手を添わせ、顔を寄せる女性の胸像。画面右側には輝くような白い肌と山吹色の閉じた目を持つ女性の横顔が、画面左側には人(頭部)状の発光体がそれぞれ配され、女性が左手と唇で発光体に触れている。山吹色は、鼻筋、唇の下、左手にも差されており、背景の群青に映える。女性は目を閉じ、彼女が触れる相手は光に包まれ、両者ともに視覚を封じられているため、ルネ・マグリット[René Magritte]の《恋人たち[Les Amants]》を連想させる。光る対象はイメージであり、視覚芸術である絵画そのものを象徴する。見えるものに拘泥せず、その手触り、実感を表現しようとする作家の意志の表われである。
《寄せる(I listened the heartbeat)》(273mm×220mm)には、画面右下の斜線に左頬を寄せる女性の顔が描かれる。抽象化された顔が、ごろんと台座なしに横たえられる、コンスタンティンブランクーシ[Constantin Brâncuşi]の《眠れるミューズ[La Muse endormie]》を連想させる。緩徐の鼻筋、唇以外は光を浴びて白く飛び、閉じた右目は睫毛などをざらっとした筆触の陰影で表してある。左頬など顔の左側は赤黒く、直角三角形に抽象化された相手の身体の温もりをサーモグラフィーのように表現する。
《知っていた(Like a memory we shared before we met.)》(910mm×1167mm)は、眠る女性の横顔と、彼女を見詰める女性の横顔とを描いた作品。右下にやや傾斜して眠る女性の顔を淡い青の陰影で表す。額から鼻筋にかけては茶色い線が描き入れられ、重力のような抑える力が感じられる。左上の目を見開いた女性は淡い青や灰色(?)の陰影でより淡く、白い画面に溶け込むように描かれ、浮遊する感覚が表される。既視感という感覚を表象する試みである。
《splitting》(158mm×227mm)は、画面一杯に青系統の色で目を描いた作品。瞼は無く、睫毛も無い。白く表された角膜の中外に瞳孔らしき黒いイメージが分断されて漂う。
《in the forest》(1303mm×1620mm)は、森の中で地面に左肘を突いて背を向け横たわる男性が顔を鑑賞者を振り返る姿を描いた作品。草木で覆われた暗い空間の中、満月の煌々とした光を浴びたかのように男性の裸体が輝く。その背中には草木の影がはっきりと映り込む。振り向いた横顔の切れ上がった目、その流し目が印象的である。エドゥアール・マネ[Édouard Manet]《草上の昼食[Le Déjeuner sur l'herbe]》と《オランピア[Olympia]》とを無理矢理一体化させ、森と室内、男性と女性などを混淆させてしまった作品と評することができるのではないか。その得体の知れない、何もかもが起こり得る可能性こそ森の魅力、魔力であり、輝く裸身を晒す男性は背中に植物の影を纏うように、その森の、すなわち闇の象徴なのだ。輝く闇というオクシモロン的表現により、得体の知れない世界の魅力を描き出す。
《Ground》(652mm×530mm)は草地に触れる右手を画面いっぱいに描いた作品。緑の中に白い線で繁茂する草を表し、その草を掴むように青い右手が画面から降ろされる。その腕が広く飛ぶように表されている。光が象徴する絵画によって世界の実感を掴みたいという作家の意志が表現されるという点で、《確かめる(feel it with my hands)》と同旨の作品である。