可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『立体の人々』

展覧会『立体の人々』を鑑賞しての備忘録
Bunkamura Gallery 8/にて、2025年8月2日~17日。

指跡の残る歪な小片を重ねて造型した陶彫の新井浩太、漫画的な面白さを含んだ素朴な木彫の翁素曼、眠る女性に想いを託すガラス彫刻の小田橋昌代、近未来を舞台にしたSFのキャラクターのようなフィギュアの片山康之の4名の作家を紹介する企画。

新井浩太
《ゆれる皮膚_しゅ像》(490mm×370mm×440mm)は、灰白色、ピンク、黄色、青緑、薄緑、白の手で捻った跡の残る歪な陶土の小片を貼り合せて造型した頭像。噛み終えた色の異なるチューイングガムを素早くくっつけていったような疾走感と乱雑さとがあるが、額や鼻筋の灰白、眉のピンク、眼の黄緑、唇のピンク、耳の青緑など大まかに部位が表現され、頭部の輪郭も保たれている。巨大な頭部でありながら威圧感がないのは、その曖昧さとパステルカラーの配色のためである。同題の《ゆれる皮膚_しゅ像》(330mm×170mm×220mm)はやや長い首を持ち、個々の小片の捻れや千切れの程度が控え目で、より落ち着いた雰囲気を持つ。
《かさなる皮膚_しゅ像》(580mm×340mm×350mm)は、ベージュの陶土の厚い帯を彎曲させ横に貼り連ねた頭像。頭部の下に短い陶片を繋いで首も表現される。個々の陶土には指跡など凹凸が残り、陶土の帯の連なりには空隙があり、空洞の闇を覗かせる。人間の頭部というより、何かを捕食した刺胞動物のような得体の知れない雰囲気を持つ。
《ゆりいか》(740mm×340mm×260mm)は、群青の外部とベージュの内部を持つ縦長の殻のようなものの内側にS字にうねる身体を浮き彫りにした作品。壁龕に設置された彫刻というよりは岩石から掘り出した化石のようである。人物には白い釉薬がかけられ、顔の目・鼻・口、あるいは手足の指などは比較的丁寧に造型されている。S字に彎曲する身体は周囲に入れられた連続する凹部と相俟って、揺蕩う印象を生む。茶や緑の台座のようなものにピンク色の身体を立てた《ゆれる皮膚》(580mm×280mm×260mm)や、黄土色の台座のようなものに青緑の身体を横たえ支えた《ゆれる皮膚》(370mm×500mm×280mm)などでも、身体が揺蕩う。身体は環境から独立しつつ同時に環境と一体不可分であり、皮膚と環境との接触すなわちコミュニケーションこそが存在の核心であることを訴える。

翁素曼
《YELL! POOL! GIRL!》(630mm×180mm×75mm)は、青い水泳帽を被り、オレンジ色の水着を着て、黄色のフィンを着けた女性が腕を真上に真っ直ぐ上げている姿を表した木彫作品。テグスで吊られて宙空に浮く様子は水に浮くイメージを喚起する。両手首にはそれぞれ赤く着彩した金屑の球が取り付けられている。それは頭の上にある眼、すなわち彼女は金魚(天頂眼)なのだ。
《The Invisible Net》(510mm×200mm×230mm)は、壺を頭に載せた女性と釣り上げられたと思しき魚とで構成される木彫。女性は植物や豹の描かれたピンクの衣装を身につけ、頭に頭より大きな壺を載せて直立する。そこは波打際だ。彼女の足を洗う波を糸束で表現する。彼女より大きい魚は上に口を向け尾鰭を突き立ててやはり直立する。彼女も魚もともに器であることに違いはない。両者の間に立つ鉄のアーチは見えない網目のメタファーであり、偏見である。
《Give me five》(170mm×70mm×35mm)は、紫のキャップに緑のパンツ、黄色いブーツの男性と、黄色のキャップに紫のパンツ、緑のブーツの男性とがハイタッチをする様子を表した木彫作品。黄色いキャップの男性はちょっと爪先立ちになっている。黒い箱の中に納められ、高く上げた2人の手が合わせる様子を横から見せる。2人の身体が描き出すのは上向きに尖った形。魚ではないか。魚(yú)は余(yú)に通じ縁起が良いのだ。

小田橋昌代
《夜を掬う》(140mm×120mm×45mm)は半透明の極浅い器の中に眠る女性の頭部と輝く星とが表される。女性の青い頭髪が夜の帷である。《満ちる》(170mm×110mm×200mm)は器を頭に載せた女性像。釣り鐘を潰したような形に拡がる身体は、月明かりを思わせる黄味を帯びた半透明。彼女は満月の化身なのだ。《聴くことのかたち》(180mm×90mm×40mm)は左右の耳の位置に頭と同じ大きさの漏斗のようなもののある、眠る女性の頭像。《耳を澄まして》(130mm×180mm×470mm)は、頭頂部にウサギの耳を持つ女性が腰掛けたまま眠る姿を表した作品。身体を覆うワンピースは襟の白から裾のくすんだ青緑へと変遷する。夜が次第に深くなっていく。闇が濃くなると、視覚が利きづらくなり、聴覚が鋭敏になる。
《ゆめうつつ》(330mm×280mm×270mm)は身体の右側を床につけ丸くなって眠る女性の姿を表したガラス作品。頭頂部には花弁のような形がウサギの耳のように付き、その根元にはティアラのようなものが表される。肌をクリーム色で表す一方、衣服は水を連想させる青緑の半透明で、水中に揺蕩うように眠りの中にあることが表現される。彼女の上に懸かる、もこもことした雲のようなアーチの浮遊感もまた眠りのイメージを喚起する。
《人形箱の夜》(150mm×80mm×270mm)は、先が二股に分かれた帽子を被った女性の上半身像。女性は眠っているらしく目を閉じている。顔の肌はクリーム色で赤味のある短い髪は左側がやや膨らむ。頭頂部に載った帽子は角のようでもある。くすんだ緑を帯びた服を着ているが、左腕だけは半透明である。夢の中で玩具の世界に遊ぶ、現実から夢へと転生する過程が表現されているようだ。

片山康之
《The Thinker 2025-5》(300mm×120mm×120mm)は、ガスマスクのようなものを身に付けた女子高校生のフィギュア。カーディガンにミニスカートの制服を着た彼女は、右目に円形のレンズ、口元や両耳からコードが延びるマスクを被る。両手にはコードが複数垂れ下がり、管や把手の付いた鉄製のグローブを嵌めている。Wet Legの"Wet Dream"のミュージック・ヴィデオを連想させなくもない。《The Thinker 2025-4》(300mm×120mm×120mm)は、目・口を落書きした布製の袋を被り、リュックを背負った青年のフィギュア。七分袖のTシャツにデニムのパンツを履き、リュックには木の枝が挿してある。《The Thinker 2025-3》(300mm×120mm×120mm)は、アフリカの仮面にありそうな、左右に大きく張り出した角と渦状の目、大きな鼻を持つ仮面を被った、トレーナーにデニムのパンツの男のフィギュア。《The Thinker 2025-2》(300mm×120mm×120mm)は、顎から複数のコードが垂れる金属製のヘルメットを被った、革ジャンにデニムのパンツを穿いた男のフィギュア。《The Thinker 2025-1》(300mm×120mm×120mm)は、フード付きのパーカーにスウェット パンツの青年のフィギュア。足元に彎曲した角と大きな歯を持つ仮面を置いている。《The Thinker 2025-5》の肌や、《The Thinker 2025-3》の服、《The Thinker 2025-1》の靴など、一部に色を差しているが、ほとんどはグレーかシルバーで統一されている。モノクロームは夢の世界を再現するためだろうか。仮面の表現は誇張されているが、COVID-19後マスクを着けることが常態化し、あるいはスマートフォンやPCなどデジタル機器を介したコミュニケーションの占める割合が極めて高くなったた現実を揶揄するようでもある。