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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 田口和奈個展『A Quiet Sun』

展覧会『田口和奈展「A Quiet Sun」』を鑑賞しての備忘録
銀座メゾンエルメスにて、2022年6月17日~9月30日。

「エウリュディケーの眼」シリーズ(40点で構成)からの20点と、その他14点の、いずれも写真作品に、いずれもヨーロッパで制作されたと思しき1910~30年代のものを中心とする写真39点を併せて紹介する、いずれもモノクロームの写真から成る、田口和奈の個展。

表題作品《A Quiet Sun #1》は、展覧会タイトル、作家名、会場名を記した紙の手前に花を組み合わせて撮影したもの。表題作品《A Quiet Sun #2, Triple》では、同じイメージを切り貼りして重ね合わせることで構図を変えないまま作品を変奏させている。また、《11の並行宇宙》は、黒い画面に白い点を配した宇宙を思わせる画面を、重ねたり、ずらしたら、暈かしたり、ハレーションを起こしたりした、11のヴァージョンで構成される。これらの作品には、視覚的イメージの歴史的分析を行ったアビ・ヴァールブルクの「ムネモシュネ・アトラス」の影響がある。

 ヴァールブルクの関心はそもそも「古代」(古代ギリシアやローマの文化や芸術表現がルネサンスに再生するという一種のアナクロニズムにあった。イメージ記憶における古代の残存を追跡する彼の分析は、リニアな時間を単純になぞるのではなく、異なる時代の図像をパネル上で積極的に併置することによって比較してゆく。もちろん、時間軸に沿った伝承過程や影響関係が無視されるわけではない。だが、もっとも重要なのは、古代にさかのぼるイメージの伝承や伝播、再利用の過程でそのイメージに加わる変形であり、その結果としてもたらされる各時代・地域ごとの差異の発見と分析なのである。(田中純『イメージの自然史 天使から貝殻まで』羽鳥書店/2010年/p.7)

作家は、自らの作品に加えて、主に1910~30年代のヨーロッパで販売されていた絵はがきのコレクションを紹介している。「異なる時代の図像をパネル上で積極的に併置することによって比較して」いるのである。例えば、複数の写真において、女性たちのイメージが髑髏を形作っているが、それはファムファタル(運命の女性)とミソジニー女性嫌悪)というアンビヴァレンスが浮き彫りになっている。のみならず、作家は、自らの作成した作品に別の作品や自らの身体を組み合わせて撮影することで、異なる時間・空間を同一の写真という画面に落とし込んでいる。「リニアな時間を単純になぞるのではな」い「一種のアナクロニズム」の手法により、ヴァールブルクの「差異の発見と分析」から、それらを生み出す共通の原型へと遡ろうとするかのようである。

《エウリュディケーの眼 #41》は、背に白(?)で"Quiet"と描き込んだ黒い革ジャンをベンチに置いて撮影した作品。"Q"だけ大きく描かれた"Quiet"の周囲は白く塗り込められている。そこには陽の当たっている。黒いジャンパーは宇宙空間で、そこに描かれた大きな"Q"は太陽、その周囲の塗り潰しは太陽フレアを喚起させる。この作品こそ、距離を隔てることで、動きはありながらも音の伝わらない太陽、すなわち静かな太陽(a quiet sun)のイメージを形作っている。それにはまた、太陽を始め天体をモティーフとした神々の物語のように、時代を経てもなお影響力を保持する神話自体のイメージが重ねられている。
《Wait and See》には、黒い壁に立て掛けられた、机に座るマリアのもとに天使がユリを手に舞い降りる「受胎告知」を表わす絵画と、壁の上に開いて載せられた新聞紙とが映し出されている。上部の新聞紙は神話の、「受胎告知」の絵画はその伝承のメタファーとなっている。会場の端(晴海通り側)の床には、この作品のユリとそれを持つ天使の手のみを切り取った作品《Lily》が置かれている。作者は「天使」役を引き受け、鑑賞者である「マリア」に神話的イメージ、すなわち共通の原型の読み取りを促しているのである。